カードキャプターさくら第3期のさくらカード編OPテーマ『プラチナ』。作曲・編曲は菅野よう子さんで、ファンにはおなじみの坂本真綾&菅野よう子タッグの曲です。
最近では2018年1月から放送が始まったクリアカード編OP『CLEAR』が収録されたシングルに、この曲のアコースティックライブ版が収録されました。
過去には作曲家の田中公平さんがTV番組でこの曲を分析・解説していたりと同業者からも一目置かれる曲です。Aメロで行ったり来たりする短3度の転調や、Bメロの長2度転調x2でサビでは長3度上になっていたりと、この鮮やかな転調のテクニックを中心に分析してみたいと思います。
メロディーの先取りと再提示
イントロの前半4小節ではサビのメロディーを先取りしています。曲のイントロだけで何の曲かすぐ分かるようになりますし、メロディーが印象に残りやすくなるといった効果も期待できます。ただよく聴いてみると、まったく同じ形で持ってくるのではなくひと工夫されています。
上の段がイントロのメロディー、下の段がサビのメロディーです。全く同じメロディーですがイントロではDメジャーキー、サビではF♯メジャーキーと長3度上に転調しています。単純に繰り返すのではなく、ここでは転調(Modulation)という工夫を加えて重要なメロディーを繰り返していることで、メロディーの印象を強くしつつも次に同じメロディーを聞くときに飽きさせないようになっています。
早速どうやって長3度上に転調したのかイントロのコード進行から順に見ていきたいと思います。
イントロ
イントロ1~4小節目: G6,9, Bm7(11)
ジャズでよく使われる付加音(added note)やテンション(Extensions/chord tensions)が曲のいたるところで使われていて曲全体がオシャレな雰囲気のサウンドになっています。イントロの1・2小節目では6thと9th、4小節目では11thの音が伴奏だけではなくメロディーの目立つところにも大胆に使われていてるのは、ポップスでは少し珍しく感じます。
イントロ5小節目: C6,9
イントロ5小節目で少し雰囲気が変わります。転調というよりは他の調からの一時的な借用和音です。♭VII△7の派生コードでIVメジャーキー(ここではGメジャーキー)からの借用と考えられます。
イントロ8小節目: Em7/A
Em7/AはA7sus4(9)コードと解釈できます。7sus4コードとテンションを組み合わせたオンコードになっています。「V7 → I」と進行するところを「V7sus4 → I」とすることで西洋クラシック音楽的な導音の上行が無くなり、「IV → I」進行の多いアメリカのポピュラー音楽(洋楽)的な上品さが出てきます。
Aメロ
Aメロ5~8小節目: G△7 → Gm7 → C7sus4(9) → F△7
ここまでDメジャーキーで来ましたが、Aメロの5小節目でIV△7からIVm7コードに進行すると同時に、IVm7をIIm7コードに読み替えてツーファイブ(two-five)の進行「IIm7 → V7 (→ I△7)」をすることでFメジャーキーに転調します。これはジャズでも比較的よく出てくるコード進行・転調のテクニックです。
Aメロ9~12小節目: F: Em7(9) → A7sus4(9) → Dm7
Aメロ9~12小節目も少しトリッキーなコード進行になっています。Fメジャーキーであれば通常「Em7(♭5) → A7 → Dm7」となるところを、Em7(♭5)の代わりにEm7コードを使っているのでむしろDメジャーキーのツーファイブ「Em7 → A7 → D△7」に聞こえるように細工されています。
ところが実際には11小節目で期待されるI△7ではなくIm7に進行するので、今度はDマイナーキーに転調したように聞こえます。結局Aメロの最後13小節目ではDメジャーキーのドミナントコードA7sus4(9)を置いてもとの調に戻りますが、ここまでを厳密に数えれば合計4回も転調したことになります。
短3度の転調
ここまでの転調先の調を詳しく見てみるとDマイナーキーは元のDメジャーキーと主音が同じ同主調(Parallel key)、FメジャーキーはDマイナーキーとスケールの構成音が同じ平行調(Relative key)の関係になっていて、どの調も互いにかなり近い関係にあります。
同主調については近い関係にあるという意味で近親調と呼ばれています。借用和音(Borrowed chord)または別名モーダルインターチェンジ(Modal interchange)で使われるのも大部分が同主短調からの借用です。
西洋クラシック音楽では同主調や平行調のほかに、5度上の属調・5度下の下属調との関係を重要視していて、同主調の平行調・平行調の同主調となると近親調には含まれません。専用の名前が付いていないことからも分かるように、そもそも意識されること自体が少ない調です。
一方でジャズやポピュラー音楽では転調のタイミングがはっきり分からないレベルに平行調との行き来が頻繁なために、同主短調の平行長調=短3度上・平行短調の同主長調=短3度下というのは転調先に選ばれることが多い調です。
Bメロ
Bメロ3~4小節目: A → B → C♯m7
BメロはDメジャーキーの平行調、Bマイナーキーでスタートします。しかしBメロ3小節目では早速VコードをIVコードに読み替えてIV → V → VIm7と進行することで長2度上に転調してしまいます。転調の前後のキーで共通する和音を上手く使ったピボットコード(Pivot chord)転調です。
Bメロ5小節目でも先ほどとまったく同じ手法で長2度上に転調します。たどり着いたD♯マイナーキーはF♯メジャーキーと構成音が同じ平行調なので、このままF♯メジャーキーのサビへとスムーズに移ることができます。
Bメロ7~8小節目: C♯m7(11) → C♯m7/F♯
Bメロの7・8小節目「C♯m7 → C♯m7/F♯」はBメジャーキーに転調してるようにも聞こえるかもしれません。度数で表記すると「Vm7(11) → I7sus4(9)」で、IVへのツーファイブ進行「Vm7 → I7 → IV△7」で使われることの多いVm7コード・セカンダリードミナントI7は共にIVメジャーキー(ここではBメジャーキー)からの借用和音に相当します。
このコード進行でサビに突入することで、サビのキーがF♯メジャーなのかBメジャーなのかを曖昧にする面白い効果を出しています。
サビ
サビ1小節目: A♯aug/C → B△7
サビ直前には少し凝ったコードが使われています。ドミナントコードには増4度離れた代理ドミナント(Substitute dominant)があり、IVへのセカンダリードミナントI7の代理♯IV7を挟むことで「I7 → (♯IV7) → IV△7」という流れを作り出しています。
さらに代理ドミナントでよく使われるリディアン♭7スケールに含まれるテンション・コードトーンの中から「♭7・9・♯11」を選んでaugコードを作ることで、A♯aug/Cというオンコードを作り出しています。アッパーストラクチャートライアド(Upper structure triad)の一種とも考えられるオンコードです。最近では分数augやブラックアダーコード(Blackadder Chord)という名前で注目される機会も増えました。
サビ6~10小節目: G♯m7/C♯ → C♯m7/F♯ → B△7(9)
この曲のサビは転回形を除くと主和音のIが最後まで出てきません。Bメロの最後もそうでしたが、サビ6~10小節目でもV7からそのままセカンダリードミナントI7を利用してIV△7へと進行してしまうので、IVメジャーキー(ここではBメジャーキー)にも聞こえそうな独特の浮遊感があります。
サビ13~16小節目: G♯m7(11) → F♯6/A♯ → A♯7(♭13) → D♯m7 → A♯m/C♯ → Cm7(♭5)
和音の転回形を使いつつ和音を上手く繋げています。内声でストリングスが1音ずつ上行するライン、B→C♯→D→D♯→E♯→F♯が美しく繋がっています。
間奏: F♯△7(9) → Bm7/E → D△7 → G♯m7/C♯
F♯マイナーキーのスケールに沿ってベースがF♯→E→D→C♯と1音ずつ綺麗に下がっています。真ん中2つの和音は同主調であるIマイナーキー(ここではF♯マイナーキー)からの借用和音です。
おわりに
2018年1月に放送が始まった『カードキャプターさくら クリアカード編』のOPテーマ『CLEAR』を聞いたのをキッカケに、今回この『プラチナ』を改めて分析してみました。
というのもCLEARのシングルにライブ版プラチナが収録されていたり、実際にCLEARをよく聴いてみるとプラチナを思い起こさせるコード進行やメロディーが曲のところどころに混ざっていたりします。
『CLEAR』のメロディー&コード分析の記事はこちら↓