日本の音階(1)いろいろな種類と理論を研究史から整理する【民族音楽学】

日本の音階:4種のテトラコルドとその性質による分類

日本の音階について調べていると様々な名前が出てきます。例えば陰旋法・都節音階、あるいは雲居調子・岩戸調子など…実際にはこの4つとも同じ音階を指しています。

雅楽は昔から理論化されてきた一方で民謡の研究が本格化したのは19世紀後半でした。どう分類するか議論も始まったばかりで「研究者や学説の違いのために別の名前の音階でも中身は同じだった」なんてこともよくあり非常に分かりづらくなっています。

陰旋法=都節音階と対になる陽旋法=田舎節音階は、都会に対して地方に多い音階だと考えられて名付けられました。しかしその後の研究で詳しく地方の民謡を調べていくと、実際にはあまり使われていなかったことが分かり、これとは別に新しい分類「民謡音階」が提唱されます。

そこで日本の音階をスッキリと理解するために、簡単に研究史を振り返ってみることで様々な命名や理論を整理しつつ、過去の説がどのようにアップデートされてきたのかを見ていきます。まずは現在もっとも重要視されている4分類についてです。

日本の音階の4分類

日本音楽の音階研究におけるスタンダードであり、今なお重要であり続けているのがこの民謡・琉球・都節・律の4区分です。細かく数えていけば4種類どころではなく何十種類ものバリエーションが出てきますが、まずはこの4分割で全体像を把握できます。

日本の音階の4分類
日本の音階の4分類

民謡音階 (min’yō scale)

本州・四国・九州を中心とした日本民謡でもっとも多く使われる、民謡を代表する音階がその名の通り民謡音階です [小泉 1958]。過去の学説では田舎節/陽旋のバリエーションとして扱われることもありましたが、今では別の種類の音階として分類されます。

日本民謡大観 東北篇 2『じょんがら節 (1)』 - 鎌田稲一 | Apple Music

琉球音階(ryūkyū scale)

沖縄県では民謡音階が見られない代わりに、琉球音階がもっとも多く使われます。特に沖縄本島に多く、宮古・八重山、部分的に奄美にも見られます [小島 1982b]。奄美は現在では鹿児島県であるものの言語文化的には琉球圏であり、音階も同じ関係にあります。

日本の民謡 沖縄編『かぎやで風節』 - 岸本吉雄, 城間徳太郎, 新垣萬善 & 島袋正雄 | Apple Music

都節音階(miyakobushi scale)

特に三味線やことなど、江戸時代にかけて都会で流行した芸事でよく使われる音階です。都会の旋律という意味で都節と名付けられました。陽旋(yōsen)との関係から陰旋(insen)とも呼ばれます [上原 1895]。割合は少ないですが沖縄以外の民謡でも使われます。

宮城道雄の箏『六段』 - 宮城道雄 | Apple Music

律音階(ritsu scale)

宮廷音楽の雅楽・仏教音楽の声明しょうみょうの中心的な存在が律音階です [下総 1942]。しかし実際には2度のレ・6度のラが半音ほど下がって都節/陰旋のように演奏されることがよくあります。もともと田舎節/陽旋(inaka­bushi/yōsen)と呼ばれていました。割合は少ないですが沖縄も含めて民謡でも使われます。

日本民謡大観 中国篇 3『伊勢音頭』 - 銭谷さだ子 | Apple Music

ところで俗に言うヨナ抜き「ドレミソラド」は?と思った方がいるかもしれません。雅楽ではこの音階に呂(ryo)という名前が古くからありました。しかし実際の演奏では呂が律のようになってしまい、中世には律と区別できなくなったため本来の呂の形は忘れ去られていました。慣用句「ろれつが回らない」の語源はこの呂・律にあります。

特別な訓練を積んで海外のレパートリーも演奏した雅楽家でもこの状態で、ましてや一般の庶民が呂を使うことはほとんどありませんでした。ではなぜ呂音階が好まれなかったのか?という疑問を始め、この4分類の図の細かい説明をこれから順に取り上げていきます。

目次

  1. 日本民謡の7音音階説?
    • 明治になって始まった民謡研究・「俗楽」の意味
  2. 陰旋/都節 ↔ 陽旋/田舎節の2分類説
    • 陽旋/田舎節の想定と実際とのズレ
  3. オクターブという見方の限界・民族音楽学へ
    • 3度や5度ではなく4度=テトラコルドを基本とする音楽
    • ピッチが変化する音↔しない音・微分音による表情付け
  4. 日本音階の成り立ちをパーツの組み合わせで明らかにする
    • 民謡音階の中でも代表的な2タイプ:プラガル型と正格型
    • 陽旋/田舎節の見直しと民謡音階の発見
  5. 呂↔律の比較に見る中国と日本の音階の違い
    • 「ヨナ抜きは明治以降」核音程の相互関係から導かれる音階の古さ
  6. 唐から輸入した音楽理論と日本音楽とのズレ
    • 外来の雅楽に起きた変化とその背後にある民謡の存在
    • 民族的な音階・リズム・旋律法の言語を超える永続性
  7. 雅楽は7音音階? 楽器の音律と曲の音階の違い
    • 楽器の伝播スピードと民族的な音階との乖離
    • 調子と音階の違い・都節音階のバリエーション
  8. 「5音音階は人類共通ではない」7音音階との成り立ちの違い
    • 「6音以上でも5音音階」用語の注意点と作曲への応用

1. 日本民謡の7音音階説?

宮廷の雅楽や仏教の声明は1000年以上前から断片的な記録がありますが、朝鮮半島や中国、インド、さらにはシルクロード各地の音楽の流れを汲みつつ、日本的に変化しながら受容されてきました。そのためより日本的な音階の特徴を知るためには、海外からの影響が少ない一般の庶民の音楽を調べる必要があります。

しかし朝廷や宗教の威信が関わってくる特殊な音楽とは違い、庶民の音楽をわざわざ研究しようという発想に至ること自体めったにありませんでした。本格的な民謡研究が登場するのは19世紀後半の明治時代のことです。

明治政府は西洋に習って学校音楽教育を始めるために音楽取調掛おんがくとりしらべがかりを設立しました。西洋と日本の音楽の調査が行われる中で、これから学校教育を受けることになる日本の庶民の音楽も知る必要が出てきました。メンバーの1人の伊沢修二(IZAWA Shūji)は1884年/明治17年『音楽取調成績申報書』で次のように説明しました。

伊沢修二の日本は7音音階という説
伊沢修二の説 [伊沢 1884]

ざっくり要約すると「雅楽の呂・律は西洋音楽の長調・短調の音階とほぼ同じ。俗楽は先行研究がなく断言できないが甲・乙2種を発見し、いずれも古代ギリシアに同じ音階が見出される。音楽は人類が共通してもつ性質により生み出されるものであるから世界中みな同じである。」という具合です。

今でこそ世界には様々な民族の音楽・音階があるというのが常識です。しかし明治時代の「先進技術を取り入れて西洋に追いつかなければ」という発想のもと、報告書も「日本音楽も根本的に西洋音楽と同じ。進化が遅れているだけで(?)不足を補えば日本音楽と西洋音楽は同じになる」という結論になりました。音階の調査も日本と西洋は同じという結論ありきになっています。[平田 2012]

伊沢の説には7音音階という箇所の他にもいろいろと問題がありますが、まず1895年/明治28年に上原六四郎(UEHARA Rokushirō)が『俗楽旋律考』で5音音階説を発表しました。


1-2. 明治になって始まった民謡研究・「俗楽」の意味

「俗楽」「俗曲」という言葉が出てきましたが何を指しているのでしょうか?一言で言えば雅楽以外の音楽です。宮廷や寺社で演奏される雅楽(gagaku)、仏教で唱えられる声明(shōmyō)とその流れを汲む音楽に対して庶民の音楽のことを指しています。今風に言えば歌以外のインスト曲も含む広義の民謡(min’yo)に近い言葉です。

雅(が/みやび)・俗(ぞく)を辞書で引くと、「雅」は宮廷や都会の正統で教養に富んだもの、「俗」は田舎の取るに足らないものという対照的な意味で用いられてきたことが分かります。こうした偏見から長いあいだ庶民の音楽が研究対象と見なされなかったとも言えます。

が【雅】
① 正しく善いこと。きちんとして上品なこと。② みやびやかなこと。[※宮廷風・都会風で洗練されていること] ③ 趣味の高尚なこと。

ぞく【俗】
① 世のなわらし。その土地の習慣。② 世間一般。出家していない人。③ ごくありふれたこと。いやしく下品であること。

『精選版 日本国語大辞典』より

さらには儒教的な音楽観から「(正)雅な音楽は心を善良に、(低)俗な音楽は心を邪悪にする」などと大真面目に語られ、明治時代になっても盆踊りの禁止令や音楽芸能の取り締まりが実際に行われていました [平田 2012]。伊沢らもこの価値観にもとづいて「柔弱・憂鬱な短調ではなく、勇壮・活発な長調を教育すれば子供の精神も健全にできる(?)」と結論付けました [伊沢 1884]。こうして日本の学校では日本の音階ではなく、西洋のそれも短調ではなく長調に偏った音楽の授業が始まることになります。

後に上原が西洋↔日本の音階の違いを明らかにしたり、あえて「俗楽」をメインに取り上げて「庶民の音楽にもこれまで研究がされていなかっただけできちんとした理論が存在する」と明らかにした点は評価されています [小島 1982a]。というのも「宮廷・都会の音楽は芸術性が高く複雑な理論をもつが、庶民・田舎の音楽は芸術的ではなく複雑な理論もない(?)」という偏見が根強かったからです。

もっとも音楽を雅↔俗の真っ二つに分けようとすること自体にまず大きな問題があります。社会の上流階級に対して下流階級の音楽を指す「俗楽」のような概念・用語は、昨今の学術研究で問題視されて使用自体が避けられる流れになっていることに注意してください。

2. 陰旋/都節 ↔ 陽旋/田舎節の2分類説

伊沢の7音音階説に対して上原六四郎(UEHARA Rokushirō)は5音音階であると反論します。明治時代になるまで研究対象にならなかった民謡をあえてメインテーマにした上原は、当時としては先進的な説を打ち立てました。

上原は地方の音楽を代表する田舎節音階(inakabushi scale)と都会を代表する都節音階(miyakobushi scale)の大きく2グループに分けました。そして同じ曲でも田舎節音階で歌われたり、2度・6度が半音下がって都節音階になったりする現象から、2つの音階のあいだに規則的な対応関係があることに気付きました。西洋クラシック音楽の長調・短調の関係に例えて陽旋(yōsen)陰旋(insen)という名前もこの時付けられました。

日本民謡の音階について上原六四郎の説
上原六四郎の説 [上原 1895]

上原の説を詳しく見ていきます。伊沢説との大きな違いとして3度のミ♭がありません。しかし「嬰商 [ミ♭] は甚だ稀に之を用ふ…即ち臨時音なり…音階中に加ふべきものにあらず」とも言及しています。ミ♭は頻度が少ないので音階にカウントすべきでないが、使わない音ではないことに注意してください。西洋音楽で言えば曲の途中で一時的に♯・♭が付く音と同じです。

では6音音階かと言うとそうでもありません。上原の観察では7度音シ♭が上行形「ソ→シ♭→ド」に多く、6度音ラ(♭)は下行形「ド→ラ(♭)→ソ」のほか上行形「ソ→ラ(♭)→ド」もあることから、シ♭は基本形のラ(♭)が上行形として変化した音に過ぎないことに気付き、5音音階であると結論付けました。

ここに音階を考える時の重要なポイントがあります。それは音の使われ方や頻度を問題にしないで、単純に出てきた音を数えていけば日本は7音音階(あるいはそれ以上)と結論付けることも出来てしまうということです。今でこそ日本が5音音階ということは知られていますが、よくよく考えていくと伊沢の7音音階説を簡単に突っぱねることはできないのです。この問題は後ほど詳しく取り上げます。

楽曲は概ね宮音 [主音/1度] を以て終曲を告ぐるを例とす。然れども又徴声 [5度音] に依て曲を終ること亦少なからず(中略)此方法のみにては猶ほ宮徴 [主音か5度音か] を区別するに苦むことあり。然れども他に良法なきを以て(中略)予の迷を解く者あらば幸甚し。

『俗楽旋律考』より [上原 1895]

もう1つ見逃されがちなのは、上原説では主音の5度上で終止するパターンも想定されている点です。上原は主音によく似た役割の音が2つあるのでどちらが主音か決めることが難しいと記しています。ひとまず陰旋/都節音階で終止音になりやすい方を主音として、5度上終止をバリエーションという扱いにしました。伊沢説の乙は陰旋/都節の主音終止、甲は5度上終止に対応しています。

この「主音に似た音が複数ある」という目の付け所は核心を突いていたのですが、民族音楽学でどのような意味をもつのか明らかになるのはもう少し後の時代になります。


2-2. 陽旋/田舎節の想定と実際とのズレ

上原六四郎の説は画期的でしたが、やはり民謡の研究不足という時代背景のために問題点も見つかってきます。問題になったのは上行・下行形の扱いと、陽旋/田舎節音階についてです。

陽旋/田舎節音階について田辺尚雄の説
田辺説の陽旋/田舎節 [田辺 1916, 1919]

大正時代の注目すべき研究としてここでは田辺尚雄(TANABE Hisao)を取り上げたいと思います。1916年/大正5年『最近科学上より見たる音楽の原理』と1919年/大正8年『日本音楽講話』によれば、おおまかには上原の説と同じですが上行・下行について異なる部分があります。田辺は上行形・下行形という厳密な決まりは見られないとして、代わりに上行・下行の時に変化する範囲を図にしました。

実際には2度と6度で変化の仕方や起こりやすさが違うのでまだ課題があります。一方で日本の音階でピッチが変化する音↔しない音があること=浮動という概念を明らかにしたのは田辺の功績です。これは重要なポイントなので後ほど詳しく取り上げます。

陽旋/田舎節音階について下総皖一の説
下総説の陽旋/田舎節 [下総 1942, 1954]

昭和初期になると民謡研究も核心に近づいてきます。1942年/昭和17年『日本音階の話』を発表した下総皖一(SHIMOFUSA Kan’ichi)は日常の遊び歌や仕事歌、それに物売りの声などの言葉の抑揚に至るまであらゆる民謡を丹念に調べ上げて、これまで見逃されてきた1つの事実に気が付きました。

これまで民謡を代表する音階とされてきた陽旋/田舎節音階「ド-レ-ファ-ソ-ラ-ド」が実際の民謡ではごくわずかしか見つからなかったのです。こちらは雅楽の基本的な音階である律(ritsu)として呼び分けました。下総が調べた中で民謡に最も多かったのは第1種「ド-レ-ファ-ソ-シ♭-ド」と第2種「ド-ミ♭-ファ-ソ-シ♭-ド」の形でした。

3. オクターブという見方の限界・民族音楽学へ

これほどまでに民謡の音階を巡って混乱したのはなぜでしょうか?世界各地の民族の音楽を見ていくと、1オクターブより狭い音域で細かい音程を使いこなす音階もあれば、1オクターブ上下が同じ音にならない音域がさらに広い音階も普通に存在しています。それを無視して1オクターブの形で切り取っていたので無理が生じていました。

西洋の「ドレミ」含め音階の起源と言えば、オクターブを当たり前の存在としてそこからどう分割するか?という論法が当時は普通でした。しかし民族音楽学の研究が進むと5度・4度、さらには3度・2度という小さなパーツの積み重ねで音階が出来ていることが明らかになってきました。

民謡のテトラコルドが3連でコンジャンクトした音階
最上川舟唄(山形県)
日本民謡大観 東北篇 7『最上川舟唄』 - 後藤岩太郎 | Apple Music

この『最上川舟唄』の前半は一見すると「a-c-d-e-f-g-a」の6音音階に思えるかもしれません。しかしよく見るとオクターブ上下で音が異なっていて下から順に「e-g-a-c-d-f-g」となっています。4度のパーツが3連続して1オクターブを超える合計で10度の音階です。

この構造に先に気が付き始めたのは海外の民族音楽学の研究者でした。中東・北アフリカのアラブ圏を中心に広く東洋の音楽の研究に取り組んだロベルト・ラッハマン(Robert Lachmann)は、日本の音階についてもその本質をいち早く見抜いて1929年『Musik des Orients』で次のように記しました。複数の主要な音があってメロディーの中で完全4度のしっかりした骨組みを作ること、対して主要な音のまわりで揺れ動く中間音の高さはやや自由であるのがポイントです。

besteht das melodische Gerüst aus Tönen in Quarten abstand; … sind sie für den melodischen Bau alle gleich wichtig; jeder von ihnen vertritt eine besondere Stimmlage. Ihrer melodischen Bedeutung als Gerüsttöne entspricht es, daß sie im Vergleich zu den Nebentönen, die das Gerüst umkleiden gleichmäßiger intoniert werden.

【訳】メロディーの骨組みは4度間隔の音で出来ている(中略)メロディーの構造上それらにはすべて同じ重要性があり、それぞれが個別の音域を代表している。その骨組み音のメロディーにおける意義は、骨組みをカバーする隣接音と比較してより均一に歌われることに対応している。

Musik des Orients より [Lachmann 1929]

3度積みの和音を基本とする西洋クラシック音楽やアメリカのジャズでは、後の時代になって新しい響きを求めて人工的に4度堆積の和音(quartal harmony)を使い始めました。一方で世界に目を向ければもともと自然に4度堆積の響きをもっている民族の音楽が見つかります。


3-2. 3度や5度ではなく4度=テトラコルドを基本とする音楽

世界各地の音楽を広く研究したクルト・ザックス(Curt Sachs)もまた、日本の音階では4度が重要なことに気付きました。例えばヨーロッパ・アフリカには5度や3度が重要な音楽が多い一方で、アラブの多くは4度ないし5度、中国では5度が重要なのと対照的に日本では4度…と細かく民族にもよって異なることを調べていきました。

そして音階やメロディーを形作る完全5度の関係をペンタコルド(penta­chord)、完全4度の関係をテトラコルド(tetra­chord)と古代ギリシアの音楽用語をもとに名付けました。[Sachs 1943]

よくある音階論は完全5度を話の出発点にしたり、西洋の和声/コードも3度・5度を当たり前の存在として話が進んだりと、完全4度はよそ者扱いです。4度が基本の日本音楽はガラパゴス?と思われそうですが、世界の音楽を見渡せば決してそのようなことはありません。有名な例ではアラブを始めとした中東音楽が当てはまります。アラブ圏ではないですが似た音階をもつトルコの例を見てみます。

トルコ:テトラコルドがコンジャンクトした音階
Şafak Söktü Yine Sunam Uyanmaz(中東・トルコ・テュルク>オグズ系)
Uyan Sunam Uyan - Şükriye Tutkun | Apple Music

この曲には少し不思議な所があります。歌の始まりはB♭メジャーに聞こえるのに、派手な転調感もなく気付けばCマイナー/ドリアンで終わったように聞こえます。しかし2度上に転調したのではありません。メロディーに注目するとc・f・b♭の3音が他の音を強く引き付けています。前半はf-b♭、後半はc-fのテトラコルドでc-f-b♭の7度音階を形成しているので、あたかもB♭→Cへの転調に聞こえるというわけです。そしてもう1つ、微分音がテトラコルドの中間にあることも注目ポイントです。


3-3. ピッチが変化する音↔しない音・微分音による表情付け

アラブ/中東と日本の音階にはテトラコルドという共通点があることを見てきましたが、関連してアラブ/中東の微分音によく似た現象が日本の音階にも見られます。日本では浮動音と呼ばれるもので、広い意味での微分音と捉えることもできます。これは西洋の12平均律と日本の12律に微小なズレがあるというような話とは全く違います。

浮動音の存在に早くから気付いた田辺尚雄(TANABE Hisao)はこう記しています。音階=1オクターブという前提で2~3度・6~7度が浮動する結論になっていますが、ラッハマンやザックスの研究を経た今、テトラコルドの中で揺れ動きやすい中間音のことを指しているのが分かります。

俗楽に於ては商 [2~3度音] と羽 [6~7度音] とは計算して出したものでなくて感情に支配されて起こったものであって、十人同じものを弾いても十人共多少違った音を出すのである。多くの従来の学者の中には俗楽の音階を測定して商や羽の値までも数字で定めようとするものがある(中略)然しそれは無効なことをやって居るものである。

『日本音楽講話』より [田辺 1919]

当時は「西洋クラシック音楽以外の民族音楽ではピッチが自由で適当なだけ(?)」と無視されるのが普通でした。そうではなく、西洋クラシック音楽では表情付けのために強弱が一定しないのと同じで、日本音楽では表情付けのためピッチを変えること、そして「正確なピッチをとる音」と「意図的にピッチを揺らす音」を規則的に使い分けていることを田辺は見抜いていました。

長唄『勧進帳』より日本音階の微分音を伴う浮動の例
長唄『勧進帳』より微分音を伴う浮動の例
勧進帳(抜粋) - 杵屋六左衛門, 杵屋喜三郎 & 杵屋六七郎 | Apple Music

歌舞伎における三味線音楽の1種、長唄の『勧進帳』で実際の浮動音の例を見てみます。全体としては2つのテトラコルド「e-f-a」と「b-c-e」の組み合わせで、上行形を含む1オクターブの都節音階「e-f-a-b-c/d-e」を作っています。詳しく見るとテトラコルドの中間に位置する「f↓~f♮~f♯」と「c~d~d↑」の2か所で微分音を伴って浮動しています。

さらに田辺は「西洋音楽とは違って日本音楽になぜ浮動音が現れるか?」についても考察をしています。綺麗にハモる音を選んで和声を発展させることは、意図せず音がぶつからないよう使える音が縛られることと表裏一体であり、言い換えれば和声/ハーモニーの発展と音階/メロディーの発展はトレードオフで、優劣や一方向の進化で語れる関係ではないと田辺は気付きました。

西洋音楽と異なって和声法が発達しなかったから、音の調和の為に旋律が束縛されない結果であらうと考へられる。又一方から考へれば之れが日本音楽の特色の一つである。それ故西洋音楽のやうに音階を全然固定してしまっては日本音楽の味は大に減ずるであらうと思はれる。

『最近科学上より見たる音楽の原理』より [田辺 1916]

ヨーロッパ南側で単旋律を発展させたグレゴリオ聖歌では8種の旋法が区別されたにも関わらず、ヨーロッパ北側で和声を発展させたクラシック音楽では長・短たった2種類になってしまったこと、和声をもたないインド古典音楽で数百の旋法が区別されたり、同じく和声のないアラブ/中東や日本の音楽で豊かなバリエーションを伴う微分音や浮動音が使われる理由はここに集約されます。

4. 日本音階の成り立ちをパーツの組み合わせで明らかにする

陽旋/田舎節の本来の形を巡ってトライアンドエラーが繰り返されていた中、海外で進んでいた民族音楽学の成果を取り入れることで従来の研究手法を一変させる理論が生まれます。小泉文夫(KOIZUMI Fumio)は日本音楽の研究にとどまらず、ラッハマンやザックスを始めとした世界各地の民族音楽学の研究成果も徹底的に学んで、日本音階の新しい研究手法を作り出しました。そこから新しい発見とさらなる仮説を次々と生み出したほか、なぜそうなるかという数々の疑問も科学的に説明できることを示しました。

日本の音階がとり得る様々な構造のパターン
日本の音階がとり得る様々な構造のパターン

小泉理論は例えて言うなら、物質に土・水・風・火のようなフワッとした分類しかなかったところを、H・C・Oなどの原子やその組み合わせによる分子を発見して、さらに物質のもつ性質も分子の構造を見ることで説明したという感じです。

小泉は日本のメロディーの中で常に周りの音を引き付けている音を核音(nucleus tone)と命名しました。核音の高さは固定的なのに対して周りには高さが浮動する音が集まります。完全4度以上離れると核音のあいだの引力が均衡して2つ目の核音が現れます。これが完全4度の枠テトラコルドです。2度離れて連なるディスジャンクト(disjunct)で8度の音階、端の音を共有して連なるコンジャンクト(conjunct)で7度や10度の音階になったりもします。

続いて小泉は日本のテトラコルドを4種類に分類しました。従来は音階の見た目によって半音を含まない陽(yō)と半音を含む陰(in)に分けるのが普通でした。小泉はテトラコルドが作り出すメロディーの性質によって下行的な都節(miyako­bushi)・律(ritsu)のペアと、上行的な民謡(min’yō)・琉球(ryūkyū)のペアという分け方を重視しました。この見た目に捉われず成り立ちから説明する方法が、音階の歴史的な変遷を明らかにすることにも繋がります。

日本の音階:4種のテトラコルドとその性質による分類
日本の音階:4種のテトラコルドとその性質 [小泉 1958]

よくある誤解として「3音なのでテトラ=4と呼んだのは間違い?」と言われがちですが、まずこの命名は小泉ではなくザックス§3-2です。τετρά­χορδον(テトラ+コルドン)の文字通りの意味は「4弦」ですが、古代ギリシアの音楽用語としては「完全4度の4音」を基本に場合によっては1音抜けて「完全4度の3音」になることもありました。民族音楽学での「完全4度」の意義の大きさを踏まえて採用したことはザックスの先見でした。


4-2. 民謡音階の中でも代表的な2タイプ:プラガル型と正格型

ほかに小泉説のよくある誤解として「音階が4種類しかない(?)が当てはまらない例がある」と思われることがあります。確かに音楽の教科書などでさらっと取り上げられる時は民謡・琉球・都節・律それぞれ1種類ずつしか記載されません。これは小泉が基本音階と呼んだ形でテトラコルドのディスジャンクトにあたります。先ほど見たように核音1つの4度以下の音階や、コンジャンクトによる7度・10度の音階など様々なバリエーションがあります。

わらべうた『かごめ』の民謡音階
わらべうた『かごめ』の民謡音階

例えば『かごめ』は民謡のテトラコルド「g-b♭-c」と長2度上に「d」の付加音(affix)で成り立つ5度の民謡音階です。とは言っても音階と言えば1オクターブ8度という感覚に慣れていてしっくり来ないかもしれません。ここから8度の形を考えてみます。

複数の可能性があって一概には言えませんが、仮にg・cが核音で決定なら「g-c-g」と「c-g-c」の2パターンに絞られます。この「4度+5度」と「5度+4度」の形がちょうどグレゴリオ旋法のプラガル(変格)と正格に似ているので、小泉は次のように命名しました。

民謡音階の中でも特に代表的なプラガル旋法型と正格旋法型
民謡音階の中でも特に代表的な2種類の8度音階 [小泉 1958]

教科書によく載る1オクターブの民謡音階(min’yo scale)は「ド-ミ♭-ファ」+「ソ-シ♭-ド」のプラガル旋法型(plagal mode form)で核音はド・ファです。もう1つの代表的な8度音階はテトラコルドがコンジャンクトした「ド」+「レ-ファ-ソ」+「ソ-シ♭-ド」の正格旋法型(authentic mode form)で核音はド・ソです。核音はまわりの音を強く引き付ける音であり終止音の役割も持ちます。


4-3. 陽旋/田舎節の見直しと民謡音階の発見

ここで陽旋/田舎節音階の議論を思い出してみると、下総説§2-2の第1種「ド-レ-ファ-ソ-シ♭-ド」は正格旋法型の民謡音階を指していたことが分かります。しかし構成音だけを見ていては上原説§2-1の「ド-レ-ファ-ソ-ラ(シ♭)-ド」という律音階も、あたかも同じグループの音階に見えてしまいます。ではなぜ民謡と律に分けたのでしょうか?

律の下行的性格が強まり中間音が下がると都節になる規則的な対応関係(上行的性格の民謡音階には見られない)

まず下総は「ド-レ-ファ-ソ-ラ-ド」が陽旋/田舎節の中であまりにも少なく他の2種類と比べて異質なこと、雅楽の律と同じ形なことに気付いて律音階と名付けていました。次に小泉は、上原が発見した陽旋/田舎節と陰旋/都節の規則的な対応関係「陰旋化」に注目します。下行的性格をもつ律のテトラコルドは、その下行的性格が強まり中間音が下がると都節のテトラコルドとなる対応関係があるために、音階全体にも規則的な対応関係が見られることの説明が付きます。

しかし上原の説の通りには陰旋化しない陽旋/田舎節もあり謎でした。こちらは下行的性格をもつ律とは正反対に、上行的性格をもつ民謡のテトラコルドで構成される音階のために中間音が下がらないと説明できます。この上行的性格をもつ音階が日本民謡の中で圧倒的な割合を占めていることから民謡音階と名付けました。

たとえ音階の見かけが似ていても、作り出すメロディーの性質や引き起こす現象が違うので種類が違うと気付いたのです。

5. 呂↔律の比較に見る中国と日本の音階の違い

ここまでまったく話題に上って来なかった呂音階の問題について取り上げてみます。呂・律とは長いあいだ雅楽や声明の音楽用語でした。それも古代中国の理論から学んだもので、成立の経緯からして大多数の日本の庶民には馴染みのない概念であったことに注意が必要です。まずは中国の音階システムがどうなっているのか?簡単に見ていきます。

中国民謡『小白菜』:日本とは違い核音がないのが中国の特徴
小白菜(中国・河北省など北部・漢系民族)
小白菜 - 中國民歌薈萃 (5) | Apple Music

河北省の代表的な民謡です。一時的に「g♯」が出てきますが「a→f♯」への経過音(passing tone)として使われるだけで、西洋音楽で言えば臨時で♯・♭が付く音に相当します。全体としては「e-f♯-a-b-c♯-e」の5音音階です。

これが日本音楽なら核音を探して分析の手がかりにしたい所ですが、b・a・f♯・eのいずれにも安定感があって主音/終止音が分かりづらいという特徴があります。基本的に中国のメロディーには核音が見られないのが日本との大きな違いの1つです [小泉 1958]。

付け加えるとヨーロッパも基本的に核音が見られないのが特徴です。日本は核音という点でアラブと近い一方、西洋とも中国とも大きな隔たりがあります。7音音階を前提とした西洋音楽の理論では日本音楽を分析しづらいというのは想像できても、同じ5音音階の中国音楽の理論もまた、核音をもつ日本音楽の分析に適さないというポイントは見落とされがちです。

中国の音階の基本構造:核音がないので「ドレミソラ」を固定して終止音によって転回する考え方が最適
中国の音階の基本構造:核音がないので転回の考え方が最適

中国の音階の基本的な構造はこのように整理できます。一口に中国と言っても古来から様々な民族的背景をもつ人々が混ざり合ってきたために音楽的にも多様です。そうした地方の特色豊かな音階は半音を含むこともありますが、ほとんどは半音を含まないタイプの5音音階です。

核音がないので「ドレミソラ」を固定してどの音で終止するか?という、転回でバリエーションを導く考え方と相性が良いのが日本と異なる部分です。民謡で多いのはド終止=宮調式(gōng mode)とソ終止=徴調式(zhǐ mode)です。もう1つ便利な経験則として「ド→ソ→レ→ラ→ミ→…」と5度上に離れるほど重要さが減ると言われています。レ終止=商調式、ラ終止=羽調式の割合は少なく、どちらかと言えばモンゴル方面に多い特徴です。ミ終止=角調式に至ってはほぼ理論上の存在になります。


5-2. 「ヨナ抜きは明治以降」核音程の相互関係から導かれる音階の古さ

日本の雅楽は大陸方面から特に中国唐代の曲や理論を多く取り入れました。その中でも頻繁に演奏されるようになった音階に特化して、呂(ryo)律(ritsu)の2種類に整理していきました。ややこしい経緯があるのですが結果だけ見れば中国民謡に多い宮調式・徴調式と同じ五声を持つようになりました。中国の理論で考えれば「ドレミソラド(123561)」をソの上に転回して「ソラドレミソ(561235 = 124561)」になるので近い関係のはずです。

ところが日本では呂・律で大きく運命が別れました。雅楽の歌い物、声明とその流れを汲む平家琵琶や能などを説明しやすい律は、日本的な理論として受け入れられました。一方の呂は実際の演奏で3度が上ずって律のようになってしまい、中世には律と同じ表記になるなど理論上の区別も付かなくなりました。

※ 厳密には5音音階を基本に転調先の音も一緒にした便宜上の7音の理論を唐から輸入しました。日本ではそこから変♭・嬰♯の2音を除いた五声が改めて意識されるようになります。
同じ5音音階でも呂はペンタコルド、律はテトラコルドが元になっていて成り立ちが根本的に異なる
同じ5音音階でも呂・律でまったく成り立ちが違う [Sachs 1943]

外来の音楽に親しんでいた当時の音楽家でさえこの状況で、ましてや庶民のあいだで呂が皆無に近かったことは容易に想像できます。ここまではあくまで予測ですが、民族音楽学の比較研究によって動かぬ証拠を用意することができます。

律音階はテトラコルドから成り立つのに対して、呂音階には4度がなく完全5度のペンタコルドから成り立つという大きな違いがあります。それだけでなく律音階に上行形の♭7が現れる理由もテトラコルドのコンジャンクトにあります [Sachs 1943]。同じ124561音階でも中国に上行の♭7がないのは、中国ではテトラコルドではなくペンタコルドが重要だからです。

呂音階には日本音階の成り立ちに欠かせないテトラコルドの4度もコンジャンクトによる7度もないことが、近現代に行われた民謡研究でほとんど見つからなかったこと、ひいては昔から日本に馴染まない形だったことを裏付けています。[小泉 1958]

CDE GA (123) has generally been considered the original, standard form from which the other modal arrangements were derived by the usual toptail inversion.
This is a mistake; the 123 scale differs basically from any 124 scale. The latter, forming in tetrachords, conjunct or disjunct, and resulting in heptads or octaves, … A 123 scale, on the contrary, … the very fourth is wanting. Instead, the fifth acts as the normative power: … settle down in a pentachord;

【訳】ドレミ ソラ(123)は一般的に、下の音をトップに移すお馴染みの転回によって、他の旋法的な並び [5音音階] を派生させるための元の形と考えられてきた。
これは間違いである。というのも123音階は根本的に他のどの [4種類の] 124音階とも異なっている。後者はテトラコルドを形成し、コンジャンクトやディスジャンクトにより7度音階や8度音階になる(中略)123音階は対照的に(中略)まさしくその4度が抜けている。代わりに5度が規定的な作用をし(中略)ペンタコルドに落ち着く

The Rise of Music in the Ancient World: East and West より [Sachs 1943]

庶民の音楽は長いあいだ、わざわざ楽譜に残したり研究する価値があるとは思われていませんでした。本格的な研究・記録もこの100年ほどで、民謡音階の発見・命名も約60年前のことです。反対に宮廷の雅楽・仏教の声明における呂は、記録だけなら1000年以上前の文献にルーツを辿ることができます。日本人の音感は昔から呂音階であり、民謡音階の歴史はせいぜい100年程と早とちりしてしまうかもしれません。

しかしこの考え方は見当外れな上に、実際は正反対であることが民族音楽学の研究から明らかになります。大多数の庶民が呂音階「ドレミソラド」を頻繁に使い始めたのは明治時代よりも後で、それも西洋音楽による影響でした。学校教育で西洋の長調を教えるため§1-2長3度のミを含む5音音階が選ばれて、ヨナ抜き長音階(major scale without 4th and 7th)と呼ばれるようになります [小泉 1977]。

加えて1000年以上前に雅楽・声明が輸入された時、すでに庶民の基本的な音感は民謡音階であったと考えられています。呂音階でないことは分かりましたが、律音階ではなく民謡音階なのはなぜでしょうか?

6. 唐から輸入した音楽理論と日本音楽とのズレ

古代中国では西域やインドからの影響を受けて、もとの5音音階に♯・♭にあたる2音を足した七声を作り出すようになりました。古くからの七声は「きゅうしょうかく-変徴--変宮-宮」と表記され、西洋式に書き換えれば「ド-レ-ミ-ソ♭-ソ-ラ-ド♭-ド」となります。やはりここでも減5度≒増4度という変位音が足されるだけで完全4度がありません。

中国の唐王朝の制度に学んだ日本の雅楽も初めこそこの表記でしたが、間もなく表記と現実の音感とのズレを巡って混乱が巻き起こり、平安時代には日本の感覚に合わせて表記を変更した律の音階が現れます。呂には中国の七声と同じ表記が残ったものの、実際の演奏では律に近づいて事実上は律が雅楽の基本になりました。有名な『徒然草』にもこのような象徴的な一節が出てきます。

横川の行宣法印が申し侍りしは、「唐土は呂の国なり。律の音なし。和国は単律の国にて呂の音なし。」と申しき。

【訳】(比叡山延暦寺の)横川にいる行宣法印が言われたことですが、「(当時の)中国は呂の音階の国だ。律の響きは聞かれない。日本はただひたすら律の音階の国であり、呂の響きは聞かれない。」と言いました。

吉田兼好『徒然草』より(鎌倉時代後期)
古代中国の七声と日本で基本となった律の比較
古代中国の七声と日本の雅楽で基本となった律の比較

七声の律は形だけなら古代中国の羽=ラを終止音とする七声の羽調と同じです。しかし日本では羽調とは呼ばず、別の新しい音階を律の名前で作ってそこに分類しました。

確かに中国音楽では固定した五/七声を転回する考え方§5-1が適しています。核音のようなはっきりとした主音がなく、コロコロと平行調に移り続けるようなメロディーを作るからです。一方の日本では安定した核音の存在と、高さが変わりやすい浮動音によって同主調へ一時転調するようなメロディーになります。そこでどんな調でも主音は宮=ドとする考え方が定着しました。

ほかに大きな違いとして角が3度から4度へ移動しているのが目につきます。単純に考えれば半音高いので嬰角(?)になるはずです。しかし日本ではテトラコルドを確立するために、変♭や嬰♯が付かない完全4度の音が必要でした

※ 同じ羽調という名前でも七声と五声で別物になることに注意が必要です。七声の羽調「ラ-シ-ド-レ-ミ-ファ♯-ソ-ラ」は、五声の羽調「ラ-ド-レ-ミ-ソ-ラ」+経過音の形に限らず使われます。同主調だけを考えても五声の商調「ラ-シ-レ-ミ-ソ-ラ」、徴調「ラ-シ-レ-ミ-ファ♯-ラ」が含まれることになります。

6-2. 外来の雅楽に起きた変化とその背後にある民謡の存在

さらに変徴(ソ♭≒ファ♯)・変宮(ド♭≒シ)という変位音だったのが、日本の律では嬰商(レ♯≒ミ♭)・嬰羽(ラ♯≒シ♭)に置き換わりました。なぜこのような変化が起きたのでしょうか?

雅楽の曲目や演奏法について書き留められた秘伝書があるので見てみます。おそらく後白河院の撰とされる『梁塵秘抄りょうじんひしょう口伝集 巻十二』では、宇多院の撰『絲管抄しかんしょう』に書かれた10世紀頃の雅楽の演奏法を引用する形で解説がされています。奈良時代から平安時代にかけての8~9世紀に呂律の七声と6種類の調が定められた経緯とともに、歌い物での律音階について図説があります。

宮音スグナリ。音ノ上下ニヨリテ、字ノ上下ニ商音ソルベシ。上へソラシテ付、下へソラシテ付、両様移所ノ音ニ随。音ノ上下付所、如宮角音立様ニスグ也。ユガムベカラズ。

【訳】宮音 [ド] はまっすぐである。商音 [レ] は音の上下で、筆跡の上下のように反らせるべし。上へ反らせて応じたり、下へ反らせて応じたり、両方とも動かし所の音であるからその通りに。音の上下が落ち着く所、角音 [ファ] も宮音のごとく留め置くようにまっすぐである。曲げてはならない。

雅楽の歌い物における律の歌唱法『梁塵秘抄口伝集 巻十二』より
『梁塵秘抄口伝集 巻十二』に記録された平安時代における律音階の歌い方
『梁塵秘抄口伝集 巻十二』より

歌い方について「まっすぐの音」とか「反らす音」と図を使いながら説明していますが、抽象的な表現でそれが何を意味するのか一見しただけでは分からない難解な文になっています。

ここで小泉による民謡研究の知識があると「ド・ファは真っ直ぐ」とは高さが固定的な核音を意味していて完全4度のテトラコルドを形成していること、「レ・ラを上下に反らす」とはテトラコルドの中間音が浮動する現象だと解読できます。

レ・ラが上行で「ド-ミ♭-ファ」「ソ-シ♭-ド」と上がったり、下行で「ド-ラ♭-ソ」「ファ-レ♭-ド」とさらに下がる傾向は現行の雅楽のメロディー楽器にも見られる現象ですが、より庶民の歌に近い存在である雅楽の歌い物では平安時代には既に一般的だったと分かります [芝 1990]。

言い換えればこの時代の庶民の音感は既に、上行的な民謡のテトラコルドと下行的な都節のテトラコルドが支配的であり、律が都節のテトラコルドに変化するという陰旋化の規則も存在していたことが明らかになります。


6-3. 民族的な音階・リズム・旋律法の言語を超える永続性

平安時代には核音・テトラコルドという学術用語はもちろん、民謡音階や都節音階という音階の名前も存在しません。しかし近現代の日本民謡を主な研究対象として作られたはずの小泉理論が、1000年前の日本でも変わらず有効であることが明らかになります。

テトラコルドの第1種 [民謡] から得られたものと比較すると、商 [レ] と羽 [ラ] の位置が低すぎることになる。そしてこれが結合して、概して上行のとき第1種 [民謡] の、下行のとき第3種 [律] の分割となる。嬰羽 [ラ♯]・嬰商 [レ♯] はこれである。雅楽や声明で何故に商と羽の位置について大論争が起り、また理論の混乱があったかの根本は、このことに尽きる。理論と実際の音感との間にギャップがあったのである。

日本の雅楽における五声と七声『日本伝統音楽の研究1』より [小泉 1958]
雅楽で起きた七声音階の変化の背後には民謡・律のテトラコルドの存在がある
七声の変化の背後に存在する律と民謡のテトラコルド

特別に音楽の訓練を積んで雅楽のレパートリーを日本に伝えた本人は、海外で演奏されていたそのままの姿を記憶していたかもしれません。しかし一度日本の中で伝わり始めると、言葉がそうであるように否応なしに日本の文法や発音のシステムに適合する形へと変化してしまいます。外来の雅楽に起きた音階の変化や理論の混乱の理由は、近現代の日本民謡研究で得られた音階システムの根本が日本の民族的な音感として、当時から継続していると考えることで合理的に説明できるのです。

事情を知らない人からすればこの結論に驚くかもしれませんが、民族音楽学の立場からすればむしろ予想通りと言えます。というのも命名の時期とは無関係に、庶民の音感としての音階構造・リズムのクセ・単/複の旋律法といった語法上の潜在的な原則は、民族移動でも無い限りおおむね継続することが世界各地の音楽の研究で明らかになってきたからです [Jordania 2011]。

伝統的な音楽家たちは〈何を〉歌っているか?という疑問に対する答えは、きわめて流動的であり、文化の接触を通して比較的変わりやすいということである。

反対に、伝統的な音楽家たちは〈どのように〉歌うのか?という疑問に対する答えは、彼らが根ざす音楽文化の内在的原則についていっそう明確な情報を与えてくれる。(中略)音楽文化の内的な語法上の原則は、言語よりもはるかに永続的であるということができるのである。

『人間はなぜ歌うのか?―人類の進化における「うた」の起源―』より [Jordania 2011]

雅楽を例にとって考えてみると、日本の古くからの歌や舞とともに古代の朝鮮半島や中国を通して海外の音楽を取り入れたほか、遠くペルシア起源の楽器も使用しました。表面的には外からの影響を強く受けたように見えます。しかし外来と思われている曲も中身を見れば、原型が分からないレベルで日本の音階構造やリズム・旋律型へ姿を変えています。それほどまでにこの語法上の潜在的な原則は強力です。

7. 雅楽は7音音階? 楽器の音律と曲の音階の違い

雅楽の音階が本当のところはどうなっているのか?実際の曲をもとに改めて検討してみます。唐楽に分類される越天楽えてんらくから平調(hyōjō)のバージョンです。平調は西洋音楽で言えばEドリアンに相当する「e-f♯-g-a-b-c♯-d-e」の七声であるとよく説明されます。ところが実際の曲を分析すると7音も使っていないことがよくあり、その上7音に含まれていない音も出てきます。

『越天楽(平調)』七声と装飾音の関係・メロディー/伴奏の音階の乖離
『越天楽(平調)』七声と装飾音の関係・メロディー/伴奏の音階の乖離
平調 越天楽 残楽三返 - 宮内庁式部職楽部 | Apple Music

実際の音階と理論上の七声が一致しない理由には、転調・装飾音・陰旋化の大きく3つが考えられます。前半はおおまかにE律(上行形)「e-f♯-a-b-d-e」ですが、後半で一時的にA呂「a-b-c♯-e-f♯-a」へ転調するので「c♯」が出てきます。転調の前後の2つの音階を区別せずひとまとまりにしているので実際の音階と一致しないというのが1つ目の理由です。

龍笛りゅうてきに注目すると「f〜f♯〜g」とピッチを滑らかに変えるポルタメント奏法が見られます。このような本来は音階に含めない装飾音も含めてしまっているというのが2つ目の理由です。ハーモニーではなくメロディーを重視する日本の伝統音楽で、メロディーを彩る装飾音は重要なウェイトを占めています。奏者任せで比較的自由に入れるものですが、伝承や楽譜によって装飾音があたかも本来のメロディーのように固定化されるケースもあります。

応仁の乱(1467~77)で京都が焼けた時には宮廷による雅楽の伝承がほぼ断絶し、寺社や地方の記録と音楽家による復興が行われました。明治時代に拠点が東京へ移された時には、いくつかあった流派も統合されて人員も縮小していきました。このような状況の中で奏法や曲が失われたり、多様だった編曲も固定化していきました [木戸 1990]。限られた人員で技巧的な演奏を学んだり、慣れない曲を覚えて演奏する中で余計にテンポも遅くなったと考えられます。

現行の雅楽の演奏法が確立したのは20世紀中頃で、明治時代より少なくとも数倍テンポが遅くなっています。一説には伝来した頃と比べて(曲にもよりますが)10倍近く遅くなったという研究もあります。このことも装飾音が強調されてメロディーの一部へと変化する後押しになりました [Picken+ 2006]。

雅楽では伴奏楽器に本来の律音階が残った一方、メロディー楽器や歌で都節音階(上行形)へ近づく変化が起きた
雅楽での律音階の変遷

残る疑問は龍笛のf♯が微分音のように下がりかけ、篳篥ひちりきではほぼ完全にfまで下がって「e-f-a-b-d-e」の音階になっている点です。七声の律が成立した経緯§6-2を振り返ると、歌を中心として五声の律が上行で民謡音階に近づき重ね合わさって七声が定着したこと、さらに下行では陰旋/都節音階へ浮動することを見てきました。

ここから主音への下行導音として都節テトラコルド、上行導音として民謡テトラコルドが好まれて、もはや羽より嬰羽が基本形のようになり5音音階「ド-レ♭-ファ-ソ-シ♭-ド」の形にたどり着きました [小泉 1958]。歌だけでなく歌と繋がりの深いメロディー楽器も民謡の都節音階に近づいた一方で、伴奏楽器には伝来の姿に近い律音階が残りました

西洋クラシック音楽に慣れていると半音でぶつかって不協和に聞こえるのはこのためです。2つの違う音階が同時に鳴るのは不思議に感じるかもしれませんが、現代にも有名な例があり坂本龍一がブルースのようだと語っています [坂本+ 2014]。ちょうどアメリカのブルースで3・5・7度が浮動して下がるアフリカ起源のハーモニーやメロディーと、ヨーロッパ起源の長調が混ざりあった現象によく似ています。


7-2. 楽器の伝播スピードと民族的な音階との乖離

龍笛に比べて篳篥パートの音階がシンプルなので、何か民族楽器に特有の都合で制限されていると思う人がいるかもしれません。しかし篳篥は音域こそ狭いもののリードをくわえる圧力でピッチを自由に変えられるからこそ、より民謡の都節音階に近づいているというのが実際のところです。

篳篥の運指と越天楽(平調)の音階
篳篥の運指と越天楽(平調)の音階

篳篥は指穴を順番に変えていくと7音音階になる楽器です。越天楽の冒頭ではこのうち「e-g-a-b-d-e」の5音音階にあたる部分しか使っていません。さらに注目すべきは本来「g」の指使いで「f↓~f〜f♯」にかけての微妙な音程や、滑らかに音程がスライドする塩梅えんばいと呼ばれる装飾音を出している点です。

篳篥は遠く中央アジアのオアシス都市から伝わった楽器でした。この場合には演奏法を工夫して日本の音階・旋律システムに適合させることができたので日本に定着したと考えられます。伝来からあまり時間を置かずに廃れてしまった楽器も数多くありました。

中でも類似した楽器群は整理の対象になりました。篳篥や4弦の琵琶びわは残った一方で大篳篥や5弦琵琶は廃止されました。ほかにもしょうが一回り大きくなった竿や、笛の中でもやや大きい古代尺八が廃止されていて、低音の楽器が好まれなかったことが読み取れます。

琵琶・篳篥・龍笛・笙・箏の起源
琵琶・篳篥・龍笛・笙・箏の起源

今も使用される代表的な楽器では例えば13弦のことは唐から、西方民族のきょうが起源とされる龍笛や、東南アジアに原型がある笙も唐から日本にもたらされています。ほかには篳篥が中央アジアの亀茲/クチャから、さらに4弦の琵琶はインドの5弦琵琶の影響も受けながら遠くペルシアから伝わりました。

音階やメロディーの潜在的な構造は民族移動でも無い限り変化しづらい§6-3ことを取り上げましたが、反対に楽器は言語や文化といった民族の違いを簡単に越えてあっという間に伝播するので、その楽器を使う民族の音階システムと一致しない事態がよく起こりますある民族に特徴的な音階を知ろうと思っても、民族楽器が通常出せる音階とはズレがある引っ掛けのパターンがよくあるので注意が必要です。


7-3. 調子と音階の違い・都節音階のバリエーション

通常の奏法で楽器が出す音の高さを伝統的に調子(chōshi)と言います。もともと雅楽で調子と言えば「平調ひょうじょう」はEを主音とする律の音階…といった意味で「Eマイナー」のような言い方に近い部分もありました。ただし呂・律の音階が転調や装飾音も含めてしまっているので、曲の音階を正確に表してはいませんでした。何人も集まってアンサンブルするために必要になった「楽器の調律のための目安」という意味合いが強い概念です。

時代が経つと弦楽器の調弦の意味が強くなってきます。長いあいだ箏と言えば雅楽の楽器でしたが、江戸時代になると座敷など社交の場で演奏されて庶民に親しまれるようになりました。箏のチューニングも唐王朝に学んだ律音階を使うことが威信を表す側面もありましたが、ここでは民謡に合わせて律が陰旋化した都節音階を使うようになります。

『六段の調』箏の調子と曲の音階との関係
箏曲『六段の調』箏の調子と曲の音階との関係
宮城道雄の箏『六段』 - 宮城道雄 | Apple Music

箏の最も基本的なチューニングになった平調子(hira-jōshi)と実際の演奏例を見てみます。ここではgを基準とする低調子ひくじょうしの平調子「g-c-d-e♭-g-a♭-c-d-…」で調弦されています。曲は終止音gの上行形付き都節音階「g-a♭-c-d-e♭/f-g」です。上行形のfは本来e♭の弦を左手で押す押し手おしでの奏法で張力により高くしたものです。全音上げる強押しは「オ」、半音上げる弱押しは「ヲ」と表記します。

実際の曲を検討しないで楽器だけを見ていては見落としてしまうポイントです。ほかにもa♭をaやb♭に上げたりするので単純に数えれば1オクターブあたり8音以上の音階に見えます。一方であくまで臨時音に過ぎないので曲としては5音が基本の音階であることに注意してください。

江戸前期の17世紀、八橋検校やつはしけんぎょうは箏の調弦を雅楽的な律音階から民謡的な都節音階に変えました。この『六段の調』も八橋検校が『すががき』を原曲として発展させたもので、後に弟子が改変を重ねて今に伝わるとされています。これ以降いくつもの流派が箏のさまざまな調子を考案してきました。

平調子・雲居調子・岩戸調子
箏のための代表的な調子:平調子・雲居調子・岩戸調子

流派によって名前の付け方や調弦が微妙に違いますが、よく知られている3つの調子とおおまかな形を載せました。最も基本の平調子(hira-jōshi)は1・5弦が主音の都節音階、雲居調子(kumoi-jōshi)は2弦が主音で平調子より5度低い都節音階、岩戸調子(iwato-jōshi)は4弦が主音で雲居調子より4度高い都節音階です。移調で全体の高さが変わっただけでどれも同じ都節音階です。[平野 1989]

ところがクルト・ザックスは2~7弦だけを見て3種類の音階があると誤解してしまいました。平調子は最もよく使われるチューニング方法ですが、2~7弦を抜き出した「ド-レ-ミ♭-ソ-ラ♭-ド」の民謡はごく例外的にしか存在しません。西洋音楽の短調とのハイブリッドとして演歌の定番になったことからヨナ抜き短音階(minor scale without 4th and 7th)の名前で呼ばれるようになりました。

都節音階の中で特に代表的な2種類の8度音階
都節音階の中で特に代表的な2種類の8度音階 [小泉 1958]

民謡の都節音階のほとんどは「ド-レ♭-ファ」+「ソ-ラ♭-ド」の正格旋法型か、「ド-レ♭-ファ」+「ファ-ソ♭-シ♭」+「ド」のプラガル旋法型のどちらかです。

8.「5音音階は人類共通ではない」7音音階との成り立ちの違い

雅楽での7音の調子であったり、箏や三味線で多用される浮動音を見ていると「5音音階が7音音階に進化している(?)」と考えてしまいそうになります。確かに19~20世紀初め頃「5音音階は世界共通の原始的な形(?)」や「ヨーロッパでは5音音階が進化して7音音階になった(?)」という説が、ダーウィンの進化論の間違った解釈や優生思想の影響もあって持てはやされていた時期がありました。

なんとなく正しそうで信じてしまいそうですが、世界各地の音楽が録音されて民族音楽学の研究が本格化すると次第に否定されることになります。なぜ間違っていると分かったのでしょうか?

Baberita Babakana Babasangule Apumbu - Poleni Mutacha | Apple Music
アフリカ:5度あたり5音の音階
Baberita Babakana(中央アフリカ・ザンビア・バントゥー系ララ)

アフリカの音楽は一般的にアラブ圏である北アフリカと、サハラ砂漠より南のサブサハラにまず大きく分けられます。民族的に多様で音階も様々ですがおおまかに7音音階か5音音階に分類できます。7音音階はサハラ以南アフリカの広大な地域でごく普通に見られるもので、アラブやヨーロッパの影響を受ける前から存在しています。5音→7音へ数が増えて進化という単純な発想と矛盾する発見が次々に見つかることになります。[Blacking 1973]

中央アフリカのザンビアからバントゥー系の民族ララ人の歌です。7音音階を使う地域では「ドレミソラド」のような5音音階=ペンタトニックが見られない代わりに、「ドレミファソ」のような5音5度音列=ペンタコルドが見つかります。ペンタコルドの真ん中が短3度~中立3度~長3度と浮動するので、長調にも短調にも聞こえるような独特の音階になっています。


Shiva-stuti (Praising Shiva) - Pulluvans | Apple Music
インド:5度あたり5音の音階
Shiva-stuti(南アジア・インド南部ケララ州・ドラヴィダ系マラヤーリ)

インドの音楽は一般的に北と南にまず大きく分けられます。南側ではもともと住んでいたドラヴィダ系民族、北側では後の時代に北西から移住してきたインドアーリア系民族を中心に混ざり合い社会を形成してきました。インド南部からドラヴィダ系マラヤーリの音楽です。より古い層と考えられる南部のドラヴィダ系に多いのは5音音階/ペンタトニックではなく、7音音階的な5度音列/ペンタコルドです。

インドでは7音と5音の音階が併存しているものの、全体として民謡も宮廷/宗教音楽も7音音階です。中国の理論は5音音階が基本で補助的に2音プラスする形でしたが、インドの理論は7音音階が基本で1~3音マイナスして他の文化の音階に対応するのが対照的です。


Aijā, Ancīt, aijā - Anta Engele | Apple Music
ヨーロッパ:5度あたり5音の音階
Aijā, Ancīt, aijā(ヨーロッパ・ラトビア・バルト系)

ヨーロッパ北側のバルト海沿岸に位置するラトビアの歌です。この曲のような「ドレミ(♭)ファソ」、そして上下に付加音が付いた「シ + ドレミ(♭)ファソ」、「ドレミ(♭)ファソ + ラ(♭)」という5音5度音列/ペンタコルド+αの構造はヨーロッパのほとんどの地域で見られる典型的な特徴です。フランス民謡の『きらきら星』を思い出してみてください。

逆に5音音階/ペンタトニックはヨーロッパ中を探してもまるで見つかりません。わずかな例外としてウゴル系マジャルやケルト系の民族を挙げられる程度です。「ヨーロッパでも田舎は5音音階(?)」と言いたげに決まりきってケルト系スコットランド/アイルランドの例が取り上げられますが、それ以外のヨーロッパの5音音階を例示した音楽の一般書をいまだかつて見たことがありません。

交響曲 第9番 ニ短調 作品125 《合唱》: 第4楽章 - ウィーン楽友協会合唱団, ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 | Apple Music
西洋クラシック音楽:5度あたり5音の音階
9. Sinfonie IV: «An die Freude»(ヨーロッパ・ドイツ・ベートーヴェン作曲)

5音ペンタコルドはヨーロッパのクラシック音楽でも頻繁に使われています。ベートーヴェン作曲『交響曲第9番』の中でも特に有名な最終楽章、壮大なコーラスが入る『歓喜の歌』も5音ペンタコルドです。7音音階「ドレミファソラシド」を使っていると自然と出てくる音域が狭まった姿が5音5度音列「ドレミファソ」であり、7音音階を形作っている基本のパーツと言うこともできます。

7音音階に対応している5音5度音列でさえ必ずしも原始的とは言えず、音の多い少ないを単純な一方向の進化で語る発想にそもそも問題があると分かってきます。


8-2.「6音以上でも5音音階」用語の注意点と作曲への応用

こうして世界各地の音楽の研究から明らかになるのは、最初から7音音階の性質をもっている4音4度のテトラコルド「ドレミファ」や5音5度のペンタコルド「ドレミファソ」の音域が広くなると「ドレミファソラシド」のような1オクターブ7音の形になるのであって、「ドレミソラド」のような最初から1オクターブ5音の5音音階/ペンタトニックは成り立ちからして7音音階と一切関係がないということです。

7音音階の成り立ちに関係があるのは5音5度音列/ペンタコルド。5音音階/ペンタトニックは無関係

中国や日本の七声は、転調・一時的な借用・上行/下行の違い・装飾音もひっくるめて1つの音階に書いた§7という感じで、西洋の7音音階とは明らかに異なっています。「日本は西洋と同じで7音音階(?)」と考えた伊沢説に対して、民謡の本格的な研究をスタートさせた上原は5音音階と発表しました。民謡との比較から雅楽も5音音階が基本と考えたのは上原の先見で、この考え方はその後の研究者にも引き継がれています。

「7音使うなら7音音階では?」と疑問にもつ人は少なくないかもしれません。音楽学者も実際そのように考えていた時代がありました。この問題について小泉文夫は次のように言及しています。西洋クラシック音楽の短調は上行/下行形を含めれば1オクターブ9音以上ですが9音音階と呼ぶ人はいません

実際の旋律をまるで問題とせず、単に音律論からのみ導き出された(略)7音音階論やすべての音階をオクターヴの中に入れて10段階をこしらえた(略)論の誤りはこの立場の一面だけを追求した結果ではあろうが、音階の定義そのものに問題があるように想う。この定義でゆけば、ヨーロッパの短音階は、3種を含めて、9音音階といわなくてはならないことになる。

5音音階と7音音階『日本伝統音楽の研究1』より [小泉 1958]
西洋クラシック音楽の短調は9音を使い分けるが7音音階

何気なく使っているN音音階(N-tonic scale)という音楽用語もよく考えれば「N音使うからN音音階」ではない重要な意味を持っています。実際のメロディーで「メインとして」使われる音が「1オクターブ換算で」いくつか?を表しているのがこの用語です。一時的な音も同じようにカウントしてしまえば西洋音楽の短調は9音音階?というおかしな結論にたどり着いてしまいます。

逆に言えば日本は5音音階と聞いて「5音しか使えない」という考えに縛られる必要はありません。むしろ伝統音楽では5音以外の音を自由自在に使いこなしています。さらに民族音楽学の考え方を突き詰めて音階の成り立ちとメロディーの性質を考えていくと、見かけの音の数に捉われない特徴を次のように整理できます。

   音階
特徴   
7音音階
heptatonic scale
5音音階
pentatonic scale
幹音
メインの音
1オクターブあたり7音1オクターブあたり5音
非幹音
装飾的に使える音
1オクターブあたり5音1オクターブあたり7音
変位/一時転調
♯・♭に相当する変化
半音(稀に2半音)1~2半音(稀に3半音)
順次進行
音階に沿う基本の動き
1~2半音(稀に3半音)1~4半音
→メロディーの動き細かいダイナミック
→メロディーの音域狭くなる広くなる
7音音階・5音音階によるメロディーの性質の違い(12音律での換算)

こうして整理すると5音の5度音列「ドレミファソ」が7音音階の仲間だと直観的にもはっきりします。浮動音によって7音以上にも見える都節音階も、「レ♭-ファ」という半音4つ分=長3度の進行を多用するダイナミックなメロディーが5音音階の性質をよく表しています。

7音音階に慣れている現代の私たちからすると、跳躍進行をしたつもりでも5音音階の世界ではただの順次進行だったり、7音音階では♯・♭による半音の変化が限度のところ5音音階では半音2つ分の変化も日常的というポイントを見落としがちです。7音音階の理論を前提として音を抜くという発想ではワンパターンに陥りがちなので、こうした5音音階に独自の特徴を意識するのが作曲・演奏で使いこなすコツになります。

日本の音階(2)終止音の法則と核音・テトラコルドの意味【民族音楽学】
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参考文献

  • [小泉 1958] 小泉 文夫 (1958):『日本伝統音楽の研究1―民謡研究の方法と音階の基本構造―』音楽之友社.
  • [小島 1982b] 小島 美子 (1982):『日本音楽の古層』春秋社.
  • [上原 1895] 上原 六四郎 (1895):『俗楽旋律考』金港堂.
  • [下総 1942] 下総 皖一 (1942):『日本音階の話』管楽研究会.
  • [伊沢 1884] 伊沢 修二 (1884):『音楽取調成績申報書』文部省.
  • [平田 2012] 平田 公子 (2012):「音楽取調掛の俗楽観」「音楽取調掛の日本音楽観」, 『人間発達文化学類論集』16号. 福島大学.
  • [小島 1982a] 小島 美子 (1982):「伝統音楽における音階論の歴史」「日本音楽の音階」, 『日本の音階(東洋音楽選書 9)』音楽之友社.
  • [田辺 1916] 田辺 尚雄 (1916):『最近科学上より見たる音楽の原理』内田老鶴圃.
  • [田辺 1919] 田辺 尚雄 (1919):『日本音楽講話』岩波書店.
  • [下総 1954] 下総 皖一 (1954):『日本民謡と音階の研究』音楽之友社.
  • [Lachmann 1929] Robert Lachmann (1929): Musik des Orients. Breslau: Ferdinand Hirt.
  • [Sachs 1943] Curt Sachs (1943): The Rise of Music in the Ancient World: East and West. New York: Norton.
  • [小泉 1977] 小泉 文夫 (1977):『日本の音―世界のなかの日本音楽―』青土社.
  • [芝 1990] 芝 祐靖 (1990):「《角調・曹娘褌脱》の釈譜について」, 『雅楽(日本音楽叢書 1)』音楽之友社.
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  • [木戸 1990] 木戸 敏郎 (1990):「矛盾を内包したままに―芸能保存と劇場―」, 『雅楽(日本音楽叢書 1)』音楽之友社.
  • [Picken+ 2006] Laurence Picken and Noël Nickson (2006): Music from the Tang Court: Some Ancient Connections Explored. Vol 7. Cambridge: Cambridge University Press.
  • [坂本+ 2014] 坂本 龍一, 芝 祐靖 ほか (2014):「日本の伝統音楽編(2)」, 『スコラ 坂本龍一 音楽の学校』シーズン4. 日本放送協会.
  • [平野 1989] 平野 健次 (1989):「箏の調弦名称をめぐって」, 『東洋音楽研究』54号. 東洋音楽学会.
  • [Blacking 1973] John Blacking (1973): How Musical is Man? Seattle: University of Washington Press.