坂本真綾『CLEAR』―キャッチーなメロディーと飽きさせないコード進行―

リハーモナイズ

『カードキャプターさくら クリアカード編』のOPテーマ、坂本真綾『CLEAR』

作曲はいきものがかりのリーダーでもある水野良樹さん、編曲はライブサポートやキーボード演奏で坂本真綾さんの作品に関わることも多い河野伸さんです。

以前放送されたさくらカード編のOPテーマ『プラチナ』を思い起こさせるコード進行が曲のところどころに混ざっていたりと、前作を知るファンにとってはどこか共通するものを感じるかもしれません。今回はこの曲のコード進行をメロディーとの関係や『プラチナ』との類似点にも注目しながら分析してみたいと思います。

CLEAR - 坂本真綾 | Apple Music

イントロ

坂本真綾『CLEAR』コード進行(イントロ)

イントロはサビの後半を先取りする形になっています。一部コード進行が変わっているもののメロディーはほぼサビそのままです。サビをイントロにもってくることで曲が流れた瞬間に何の曲かすぐ分かるようになり、何よりメロディーも覚えやすくなります。


イントロ9~11小節目: Dm → Am/C → Bm7(♭5)

イントロの後半とサビ後半に登場する「Dm → Am/C → Bm7(♭5)」は度数で言えば「VIm → IIIm/5 → ♯IVm7(♭5)」で同じく坂本真綾さんの歌う『プラチナ』にも出てくるコード進行です。この進行が出てくる場所もサビ後半と共通していて、あえて『プラチナ』を意識させる曲になっているのが分かります。

メロディーの跳躍と最高音
左:坂本真綾『プラチナ』右:坂本真綾『CLEAR』より

『CLEAR』のメロディーを見るとちょうどBm7(♭5)でF音からと大きく6度の跳躍をして最高音Dに到達しています(最高音は複数箇所あります)。メロディーの跳躍(leap)最高音(highest note)は劇的な効果を生みやすいので、曲の中でも重要な場所に配置されることがよくあります。この曲でもちょうど一番盛り上がるクライマックスの部分です。

A・Bメロ

坂本真綾『CLEAR』コード進行(A・Bメロ)

Aメロ1~4小節目: F → C/F → ♭B/F → ♭Bm/F → F

コード進行自体はあまり複雑なものではないですが、イントロの終わりからベースラインをトニックに固定することでコード進行に少し変化を付けています。メロディーやベース、あるいは内声のラインを一時的に固定するペダルポイント(pedal point)と呼ばれるもので、ここではトニックに固定しているのでトニックペダルです。

Bメロ1~2小節目: Dm → Am7 → ♭B → F/A → Gm7 → F

ここまで1小節につきコードは1個か2個でしたが、Bメロの開始で1小節あたりのコードの数と変わるタイミングが変則的になって面白い効果を出してます。コード進行というと通常コードの種類やどこへ進行するかという点を意識しますが、コード進行のリズムであるハーモニックリズム(Harmonic rhythm)も曲の雰囲気を大きく変える要素のひとつです。

Bメロ9小節目: B♭/C → C/D → G6/B → ♭B/C

ここまでFメジャーキーで来たのに対して、ここではキーとは関係なしにオンコードを平行移動させています。トニックやドミナントといったコードの機能に縛られずに一定のパターンを強調するコンスタントストラクチャー(Constant structure)です。B♭/CはV7sus4(9)に相当するコードで、ドミナント的にもサブドミナント的にも機能するあいまいなコードを上手く利用しています。

7sus4コードについての詳細はこちら↓
7sus4コードの使い方 ―坂本真綾「幸せについて私が知っている5つの方法」を例に―
7sus4コードはドミナント的でもサブドミナント的でもある曖昧な性質から平行移動で進行させたり、転調に使われたりと独特な使い方がされるコードです。この7sus4に注目して坂本真綾『幸せについて私が知っている5つの方法』を分析してみます…

サビ

坂本真綾『CLEAR』コード進行(サビ)

サビ1小節目: F♭aug/G♭ → F

アッパーストラクチャートライアド: F♭aug/G♭
F♭aug/G♭とリディアン♭7thスケール

サビの入りには少しひねりの利いたコードが使われています。代理ドミナント上のテンション9・♯11・13とコードトーンの中から♭7・9・♯11を選んでaugコードを作ることで、F♭aug/G♭というオンコードを作り出しています。

『プラチナ』のサビ頭でもそっくりなA♯aug/C → B△7という進行がありました。プラチナは♯IV7(9,♯11)、CLEARは♭II7(9,♯11)ですがどちらも裏コードである分数augコードから半音下がる進行で、ここも意識して作曲されたのかもしれません。

サビ4~6小節目: Cm7 → Cm7/F → B♭△7

サビの4~6小節目は一時的にB♭メジャーキーに転調してるようにも聞こえるかもしれません。「Vm7 → I7sus4(9) → IV△7」という進行で、これはIV(B♭)メジャーキーでのツーファイブの進行に当たります。『プラチナ』のサビも同じようにIで落ち着かずにI7 → IVと進行したりと、意図的にIを避けてIVに重心を置くような浮遊感のあるコード進行になっていて共通するものを感じます。

モチーフを利用したメロディー

通して聞いてみるとイントロとサビの前半、後半でまったく同じ4小節分のメロディーが使われていることに気付きます。曲を親しみやすく・覚えやすくするためにフレーズを反復することはよくありますが、同じ形を保ったまま1コーラスの中で3回も繰り返していてかなり徹底しています。

モチーフを利用したメロディー
坂本真綾『CLEAR』より

もう少し詳しく見るとこの4小節のフレーズは1:1:2の形になっていて、3音のモチーフに少しずつ変化を付けながら繰り返しています。1小節目でこの曲を印象付ける大きな跳躍と休符を挟む特徴的な3音のモチーフを提示して、2小節目ではリズムと音型を保ったまま少しだけ音の高さに変化を付けています。3・4小節目ではモチーフを繰り返しつつ続きを付け加えてさらにメロディーを発展させています。

メロディーの繰り返しとリハーモナイズ

メロディーの繰り返しとリハーモナイズ
坂本真綾『CLEAR』より

こうしたメロディーもただ繰り返すだけでは飽きやすくなってしまいますが、ここではコード進行を毎回少しずつ変えることで変化を付けて曲の覚えやすさと面白さを両立させています。同じメロディーに対してコードを付け替えるリハーモナイズ(Reharmonize)と呼ばれるテクニックです。

イントロ・サビ前半・サビ後半で3回登場するメロディーとハーモニーとの関係(ルートからの度数)を図に整理してみました。メロディーは同じでもコードが変わることでメロディーの相対的な高さや聞こえ方が変わるので、既に知っているメロディーでも新鮮に聞こえるようになります。

おわりに

水野良樹さんの作曲『CLEAR』はさくらカード編のOPテーマ『プラチナ』とは作曲者が異なっていて、目まぐるしく転調を多用する『プラチナ』に対してこちらはAメロ・Bメロ・サビと基本的にすべて同じキーFで素直な作りだったりと、作家の個性の違いがハッキリ表れているようです。

一方でやはり続編ということもあり、敢えて意識したと思われるコード進行やフレーズもあちらこちらに出てきました。『プラチナ』の分析についてはこちら↓

坂本真綾&菅野よう子『プラチナ』―転調のテクニックとオシャレなコード進行―
Aメロで行ったり来たりする短3度の転調や、Bメロの長2度転調x2でサビでは長3度上になっていたりと、この鮮やかな転調のテクニックを中心に分析してみたいと思います。過去には作曲家の田中公平さんがTV番組でこの曲を分析・解説していたりと同業者か…