2019年夏にAMD製CPUの第3世代Ryzenが発売されました。これをきっかけにIntel一強が続いてきたCPU市場で月別の販売台数のシェアが逆転したことでも話題になっています。
第1世代Ryzenについてはオーディオのバッファサイズを小さくした時の動作に弱点があるという分析が出ていました。しかし第3世代RyzenではDAWBenchも含め各種ベンチマークによる比較検証でIntel Coreシリーズと同等(一部ではそれ以上)の性能が出ていて、この問題は解決したと言って良いようです。
ちょうどDTM用のPCを組もうと考えていたので今回の第3世代から3800Xを選んで、実際にDAWのCubase Proを動かしてみました。DTM用途としての相性や性能、注意すべき点、パーツ選びについて情報を整理したのでメモとしてここに残しておこうと思います。
目次
1. パーツ選び
1-1. マザーボード
第3世代Ryzen対応のマザーボードは各社から出ていますが、新しく買おうと思うと大きく分けてチップセットB450かX570搭載の2種類があります。X570は高機能な分価格も上がりますが、搭載するCPUの動作には基本的に影響しません。ただし保証の対象外となるようなオーバークロックをする場合は、電力効率などの観点から堅牢な作りの高価なボードが良いかもしれません。(追記)2020年6月にB550を搭載したRyzen対応のマザーボードが発売されました。
X570ではメモリの搭載容量が最大128GB(32GBx4)、そして最近登場したNVMe SSDのPCIe 4.0規格に対応しています。一部のマザーボードではメーカーの独自実装ではあるもののThunderbolt 3端子が付いています。X570では冷却用のファンが付いたボードも多く、私個人としては静音性を重視してB450搭載のASRock Steel Legendにしました。B450では古いパッケージだとBIOSの更新が必要な場合があるそうで購入前にお店の方に確認すると安心かもしれません。
1-2. RAM(メモリ)
少しややこしいのがメモリ関係です。Intel Coreシリーズと比べてRyzenでは高めのメモリクロックもサポートされるためさらなる性能向上が見込めるのですが、その分メモリの枚数やランクによって条件が細かく規定されているので注意が必要です。サポート外のメモリクロックでは設定を変更しないと起動しない可能性もあります。
第3世代Ryzenでは最大3200MHzのメモリクロックがサポートされる一方でデュアルランクの4枚挿しとなると2667MHzまで下がります。ただ私の環境ではほぼ3200MHzで動作しました。サポート外ではありますが、メモリやマザーボードの品質によっては設定を行うことで問題なく動作します。Scan Pro AudioによるDAWBenchではメモリクロック3600MHz~3733MHzでさらなるCPU性能の向上も確かめられています※1。
※1: Ryzen Memory testing for audio, does it make an impact? | Scan Pro Audio
1-3. GPU(グラフィックボード)
もうひとつはGPU(グラフィックボード)についてです。最近は音源やプラグインの見た目も凝ったものが多く、オーディオ処理以外でCPUのパワーを節約するためにGPUを付ける場合も少なくないと思います。デスクトップ向けのRyzenではIntelと違ってグラフィック機能がCPUに含まれないことの方が多く、その場合はCPUと別にGPUが必須になるのでこちらも少し注意が必要です。ゲームや機械学習に使われるようなハイエンド製品は必要はなく、低~中クラスのGPUで十分かと思います。
1-4. ケースとクーラー
第3世代Ryzenで注目されているのがプロセスルール(CPU内の回路)の微細化です。Intel Coreシリーズで14nmプロセスが続く中、第3世代Ryzenが一足先に7nmプロセスを実現しました。この回路の微細化で消費電力や発熱を抑えることができるので、ファンの騒音が気になりがちなDTM環境で静音性にも有利に働きます。
ゲーミングPCに多い極端に冷却性能のみを重視したケースは、吸気・排熱のためのメッシュ部分が大きくファンの回転音も漏れてくるので、冷却性能とのバランスを取った静音タイプのPCケースがオススメです。今はFractal DesignのDefineシリーズを使っています。
CPUクーラーは水冷という選択肢もありますが、メンテナンスが楽ということもあり空冷式にしました。大型のファンを選べば回転音もほとんど気付かないレベルまで抑えられると思います。今回選んだ空冷で有名なNoctuaの14cmファン搭載モデル「NH-U14S」は冷却性能も静音性もバッチリでした。
2. DTMでのオーディオ処理との相性
2-1. 第1世代Ryzenとオーディオ性能
気になっている方も多いかと思うDTMにおけるオーディオ処理とAMD CPUの相性についてです。2017年に第1世代Ryzenについて次のような検証がされていました。Intel CPUと比べてオーディオのバッファサイズを小さくした場合の性能が悪く、オーディオ再生が破綻するときのCPU負荷が小さい(性能を活かしきれていない)ことが挙げられています。
推測ですが浮動小数点演算処理に関係するSIMDのバス幅が、当時のIntel Coreシリーズの主要なモデルと比べて半分の128bitであった点、また帯域幅が小さいために対応するメモリクロックも低いままであった点に大きな原因があるように思います。
2-2. 第3世代Ryzenとオーディオ性能
第1世代Ryzenでボトルネックとなっていた点について、第3世代RyzenではSIMDパス幅が倍の256bitに、メモリクロックは公式推奨の値で最大3200MHzに引き上げられました。Ryzen 3700X、3800X、3900X、3950Xを含めた2020年初頭のベンチマークがこちらです。OSはWindows 10、オーディオIFはRME Babyface、DAWにはReaperを使った実行環境によるベンチマークです。
2020 Q1 - Cpu's in the Studio overview | Scan Pro Audio
Core 9900k↔Ryzen 3700X、Core 10900X↔Ryzen 3900Xと、Intel Coreと同程度の性能で1~1.5万円くらい安いAMD Ryzenのモデルと比較してみます。この図とは別のDSP Testでは3700X≦9900K<10900X<3900Xとなっています。オーディオトラックとエフェクトの負荷を試すテストで、マイクからの入力および複数トラックの処理を挟んでのモニター出力を遅延なく行うために必要になる性能です。
こちらのVi Test(ソフト音源の負荷)はと言うと、高バッファサイズでは3700X≦9900K<3900X<10900Xとよく似た結果ですが、低バッファサイズで9900K<3700X<10900X≦3900Xと結果が逆転しています。第1世代Ryzenの欠点であった低バッファサイズ時の性能が、第3世代Ryzenでは逆転してIntel Coreシリーズをも上回る性能になっています。これは例えばMIDI鍵盤をつなげた時に遅延なくソフト音源のリアルタイム入力/演奏をするために必要な性能です。
2-3. (追記)第4世代Ryzenについて
2020年の年末に出た第4世代Ryzenについて追記です。2021年春発売のIntel第11世代とのDAWBenchによる比較が紹介されています。Intelのデスクトップ向けCPUでは14nmプロセスが続いていて、ファンの騒音に繋がる発熱量の低さでRyzenが有利な状況は変わらないようです。ただし5800Xは1つのダイに8コアが集中する設計のため温度が上がりやすいようで電力制限の設定を考えたほうが良いかもしれません。
The Best CPU for Cubase - DAWBench Audio Stream Test (Spring 2021) | Orbital Computers
一方で気がかりなのが第4世代Ryzen発売以降、VRユーザーを中心に500シリーズのマザーボードでUSB接続が切断するケースが報告されている点です。500シリーズで新しく導入された規格のPCIe4で接続したGPUに高負荷がかかる状態で不具合が出ることが多く、給電の制御に問題があるのでは?とも言われています。
PCIe3接続にしたりC-State(省電力設定)を無効にする対処法もありますが、4月にAMDが修正を発表して順次BIOSのアップデートの配布が始まっています※2。
※2: AMD works with Redditors on 500 series chipset USB issues | HEXUS.net
3. DAW・オーディオIFとの相性
3-1. DAWの対応状況
いくつか有名なDAWの対応状況をピックアップしてみました(2022年7月現在)。ほぼ全てのメーカーでAMD対応と明記されています。DAWとその周辺のソフトウェアに関して、Intel/AMD CPUとの関連で問題が起きたとする具体的な報告は聞かないので心配の必要はないと言って良いように思います。AppleのLogic ProについてはmacOS専用のソフトなのでIntel/AMD関係なくWindowsでは動きません。
Pro ToolsはMac向きと言われる傾向がありWindowsユーザーが少ないせいか、WindowsではIntel CoreとXeonシリーズのみサポートとなっています。実際にはAMDでも問題なく動くという声も耳にしましたが、今はApple製のM1 CPUへの対応が最優先なのかもしれません。
Steinberg | Cuase | Intel® Core™ i5 (第4世代) / AMD Ryzen™, CPU cores 4以上 |
---|---|---|
PreSonus | Studio One | Intel Core i3またはAMD® A10プロセッサー以上 |
Image-Line | FL Studio | Intel もしくは AMD をサポートします |
Ableton | Live | Intel® Core™ i5プロセッサー/AMDマルチコア・プロセッサー |
Apple | Logic Pro | ※macOS用なのでWindowsは対象外 |
Avid | Pro Tools (無印) | Intel® Core i5プロセッサー |
3-2. オーディオIFの対応状況
もうひとつ気になるのがオーディオIFの対応状況です。古い機種ではIntel Coreシリーズのみ推奨(ほかは未検証)という記述がいくつか見受けられましたが、有名メーカーの大部分が最新の機種でAMD対応と明記するようになっています。CPUの指定がないか性能のみの指定だったりするのは、基本的にIntel/AMDに依存することなく動作するという意味のようです。
前提としてハードウェアであるオーディオIFの動作そのものが(メーカー独自のソフトウェアで機能を付加する場合を除いて)CPUに依存することはあまり考えられません。RMEについても代理店が「ほとんどのケースで同等以上の性能のAMD CPUを搭載したWindows 10で動作」と追加で案内をしています。先ほど紹介したScan Pro Audioによるベンチマークに使用されていたのもRME Babyfaceです。
以下、最新の機種を中心にCPUに関係する記述を調べてみました。(2022年5月現在・最新の情報はリンク先よりご確認ください)
Steinberg | UR-Cシリーズ | Intel Core iプロセッサー2 GHz以上または同等のAMDプロセッサー |
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Steinberg | ARX4U | Intel Core iプロセッサー2 GHz以上または同等のAMDプロセッサー |
PreSonus | Studio USB-Cシリーズ | Intel Core i3プロセッサーまたはAMD A10プロセッサー以上 |
Focusrite | Scarlettシリーズ | Intel/AMDプロセッサーを搭載したWindows10バージョン20H2で互換性確認 |
Audient | iDシリーズ | Intel Core 2 @1.6 GHz、または同等のAMD |
MOTU | UltraLite mk5 | Intel Core i3以上の高速なプロセッサ(もしくは同等のAMDプロセッサ) |
MOTU | M2/4・828es | 1 GHz Pentiumプロセッサ以上 |
RME | Babyface Pro FS | Pentium Core 2 Duo以上の性能 |
RME | Fireface UFX+ | Intel USB 3/AMD USB 3に完全互換 |
Antelope Audio | Synergy Coreシリーズ | Intel Core i3™または AMD FX(以上を推奨) |
Universal Audio | Voltシリーズ | Intel、AMD、または Apple Silicon プロセッサ |
Universal Audio | Apollo USB・UAD-2 PCIeシリーズ | AMDプロセッサーについては充分なテストが行われていないためサポート対象外 (AMD USBは非推奨、UAD-2 PCIeシリーズはOCTOを除き認識されない場合あり) |
大部分のメーカーが動作検証を進める一方で、Universal AudioはそもそもIntel搭載Mac向けの製品が多いためかAMD搭載Windowsへの対応が進んでいないようです。UAD-2 PCIeシリーズ(OCTOを除く)については具体的にPCIeカードが認識されないというハードウェアの認識・接続トラブルが報告されていて、その場合BIOSのアップデートを行うよう案内しています。
一方で「UAD-2 OCTO PCIeでAMD Ryzen CPUとの互換性の問題は報告されていない」とも公式にアナウンスされていて※3、オーディオIF自体の動作には問題ないようです。ただし次に説明するUSB3ポートの互換性の問題には注意が必要です※4。
※3: AMD Ryzen CPUs and UAD-2 PCIe Compatibility | Universal Audio Support Home
※4: Apollo USB Windows System Compatibility | Universal Audio Support Home
3-3. サードパーティー製USB3ポートの相性問題
先ほど取り上げた中で気になるのがUSB3への対応についての記述です。実装したメーカーの違いによってUSB3ポートの互換性に差が出ていることが分かります。サードパーティーが設計・提供するUSB3ポートの一部でハードウェアの動作が不安定になるという相性問題です。
こうした相性問題は第1世代Ryzen向けマザーボードだけでなく、Intel CPU向けのマザーボードでも起きていました。つまりCPUとオーディオIFの相性について噂されていたのは、実際はCPUの中身ではなく付随するUSBの実装に問題があったという事のようです。第2世代Ryzenからは改善されていて、第3世代RyzenでもAMD設計のUSB3ポートが搭載されていて大きな問題は起きていないようです。
すでに問題が起きてしまっている場合にはUSBドライバーのアップデートを探すか、互換性のあるメーカー製のUSB増設カードを用意するという手段もあります。最新のIntel/AMD CPUを使っている場合は相性問題を起こさないために、ケースやマザーボードのメーカーが独自に増設したUSBポートではなくCPU側のオリジナルのUSBポートを使うというのがポイントです。
4. Windowsでのオーディオ処理の問題
4-1. Cubase 10のマルチコア対応状況
実際にCubase 10 Proを動かしてみました。DAWが落ちたり不安定になることは滅多になく、サードパーティー製のサンプラーやプラグインエフェクト等のソフトウェアについても通常通りに動いています。マイク等の入力は2~3ms、モニター出力も6~7msのレイテンシーで安定して動作しています。こちらはDAWBenchが提供するベンチマークからDSPテスト用のCubaseプロジェクトを動作させた時の画面です。CPUの8コア16スレッドのうち16スレッドすべてを有効に利用できています。
AMD Ryzenに限らずマルチコア化はIntel Coreシリーズでも進んでいますが、DAW側の対応はどうでしょうか。Windows 10ではマルチメディア関連の処理を優先するMultimedia Class Scheduler Service (MMCSS) に起因して、Cubase 9以前で7コア・14スレッドを超えるとオーディオがドロップアウトする現象が報告されていました。
Cubase 10からは自動でシステムのコア数・スレッド数に適応するようになっています※5。一方でデフォルトではオンになっているASIO-Guardをオフにした場合には各スレッド(論理コア)への割り当てが無くなるようです※6。その場合も物理コアへの分散は問題なく行われているので、ソフトウェアの仕様上の制約のように思われます。
DAWによるオーディオ処理は低バッファサイズの設定下でマルチコアプロセッサーによる分散処理と相性が悪く、マルチコア性能を重視するAMD CPUとも相容れないものでした。しかし最近はシングルコア性能の差がなくなり、各社のDAWがマルチコアプロセッサー対応を進めたことでさらにAMDに追い風が吹いているようです。
※5: Windows 10: audio dropouts on multi-core CPU setups – Steinberg Support
※6: Steinberg vs Windows 10 MMCSS ! | DAWBench | Facebook
4-2. Windows特有の問題について
ここまでWindowsを前提にIntelかAMDかという話をしてきましたが、身も蓋もないことを言ってしまえばコンピューターの扱いに自信がない人にはWindowsではなくMacをオススメします。そうは言ってもMacはカスタマイズの自由が少ないわりに高価だったり、業務上Windowsのソフトウェアを使わないといけない人もいると思います。そうした場合の対処法を紹介して終わりたいと思います。
一般にMacと比べた時にWindowsにはオーディオ処理上の弱点があり、少し使いこなしのコツが要ります。以前Intel CPUを使っていた時にDAWが落ちたりブルースクリーンが出ることがありました。なぜかオーディオと関係無さそうなグラフィックドライバーの不具合が原因だということが分かり、ドライバーのバージョンを戻したりアップデートすると安定するようになります。
調べてみるとWindowsの場合はオーディオドライバーの動作が他のドライバーと同じレベルで行われていて、特にグラフィックや無線ネットワークなど、他のドライバーで不具合があったり処理に時間がかかる時にオーディオドライバーの動作にも影響が出るようです。こうした問題のあるドライバーは「LatencyMon」というソフトウェアで特定できます。
グラフィックドライバーのバージョンをいくつか戻してみて安定するものを探したり、ネットワークを無線から有線接続に切り替えるのもひとつの手段です。他にはUSBポートのドライバーに不具合があったり、USB3ポートにUSB2デバイスを挿すと不安定になるパターンもあるようです。
オーディオ処理のためのWindows最適化 - Native Instruments
また電源プランの設定で省電力を選択していたり、一定時間経過後にUSBへの給電を停止するセレクティブサスペンドを有効にしていると音飛びの原因になることがあります。Native InstrumentsのサイトにWindowsをオーディオ処理に最適化するための対処法が詳しく書かれているので、読んだことのない方にはぜひ一読をオススメします。