よく店舗で流れているような音楽とは少し違う、異国の雰囲気がただよう無印良品の店内BGM。どこか素朴で心地いいそのアコースティックサウンドに魅了されたファンも多いようです。
この音楽、無印良品で流すためだけに現地に出向いて演奏家を手配・レコーディングするという気合の入った無印良品オリジナルのBGMです。アルバムごとにその地域の音楽に通じたコーディネーターの人が関わり、現地で活躍する若手や一流のアーティストを呼んでいます。詳しい人が見れば「このアーティストも!?」とビックリしてしまうような顔ぶれになっています。
今のシリーズは2番から始まり2019年には24フィンランド編、2020年には25アイルランド編、2021年に26ポーランド編も加わって合計で25作もの超大作になりました。ヨーロッパの各地や、ヨーロッパ以外にも中米・南米を始めとした世界の様々な民族の音楽を収録していて、「民族音楽に興味があるけど何から聞いたらいいか分からない」という人にもオススメです。
そんな現地の本格的な民族音楽が手軽に聞ける無印良品BGMシリーズについてラインナップや制作過程、そしてなぜそこまでして無印オリジナルのBGMを作るのかといった部分について掘り下げてみます。
目次
1. 店頭でもひっそり売られている無印良品BGMのCD
無印良品の店舗のBGMはヨーロッパや南米・中米を始めとして、世界各地の伝統的な民族音楽=トラッド(トラディショナルの略)に特化していて、少し珍しいタイプの曲なので気になった方も多いと思います。最近は少しずつ知られてきたように思うのですが、無印のオリジナルの商品としてCDアルバムが店舗の片隅でひっそりと売られています(ネットストアでも買えます)。
それもそのはず、アルバムの外側はダンボール系の素材で出来ていて、さり気なく棚の中にディスプレイされていることが多いので本当に見つけづらいです。ただ中には10~20ページ程の分厚い冊子が入っていて、演奏家や曲の紹介と一緒に現地の美しい写真が楽しめるとっても豪華な仕様になっています。
アルバムといえば2000~3000円するのが普通ですが、こちらの『BGM』シリーズは2021年現在で1枚税込み990円と気軽に気に入ったCDアルバムを何枚も買えてしまう良心的な価格になっています。
2021年5月にはサブスク配信も解禁されてSpotifyやApple Music、YouTube Musicなどで聞くこともできます。(※ YouTube動画では無印良品の公式に見せかけた偽BGMが横行しているので注意!本物の無印BGMは音楽配信サービスの方のYouTube Musicにあります)
2. 制作過程:事前調査から現地取材・収録まで
店舗のBGMといえば普通はすでにリリースされているアルバムから選曲・契約して使用させてもらうというのが一般的です。ところが無印良品BGMの制作では、その地域の民族音楽に関する事前調査から始まり現地の音楽に通じたコーディネーターとも協力、レコーディングをお願いする現地のアーティストやエンジニアを手配して、最終的に音楽チーム2人と撮影チーム2~3人で現地に向かいます。
この写真撮影にも無印良品ならではのこだわりがあります。よく取り上げられるような有名な観光地の写真ではなく、現地の人の暮らしが見えてくるような身近な生活風景や自然風景を撮るというのが決まりです。ここにも人々の暮らしに寄り添う生活グッズを取り扱う無印良品らしさが現れています。
中でもケルト音楽シリーズの『BGM 14 コーンウォール』は制作までに何年も費やした力作です。コーンウォール伝統音楽に関する情報はとりわけ少なく、事前調査だけで3年もかかったことが公式ブログで紹介されています。
調査の後、幸運なことにコーンウォール音楽研究の第一人者マイク・オコーナーに協力を依頼できることになります。地元に口伝で伝わってきた伝統曲の収集や古い楽譜資料の発掘でコーンウォール音楽の歴史研究に大きく貢献した人物です。オコーナーさんによる提案でこうした古い曲の再現や口伝の民謡が収録されています。
ケルト音楽編のアイルランド・スコットランド、北欧音楽編のスウェーデンについては、こちらにコーディネーターの方のレコーディング秘話があるので興味のある方は覗いてみると面白いかもしれません。 無印BGM | THE MUSIC PLANT Blog
3. 『BGM』シリーズのラインナップ一覧
無印良品の店舗で流れているのは基本的に『BGM』シリーズの最新作(2022年現在は『BGM 27 オランダ』)です。過去にはフランス、イタリア、スペイン、加えて北欧系やケルト系といったヨーロッパ各地の音楽、プエルトリコやアルゼンチン、ブラジル、ペルーといった中米~南米の音楽を特集したアルバムもありました。今のシリーズは2番から始まって27番までの26作がリリースされています。改めてアルバムの番号とジャンルを一覧にして整理してみました。
2 | パリ (フランス) | パリのメトロミュージシャンの音楽 |
---|---|---|
3 | シチリア (イタリア) | 南イタリア/シチリア音楽 |
4 | アイルランド | ケルト/アイルランド音楽 |
5 | プエルトリコ | サルサ(ラテン/プエルトリコ音楽) |
6 | アンダルシア (スペイン) | フラメンコ(スペイン/アンダルシア音楽) |
7 | スコットランド | ケルト/スコットランド音楽 |
8 | ストックホルム (スウェーデン) | 北欧/スウェーデン音楽 |
9 | ナポリ (イタリア) | 南イタリア/ナポリ音楽 |
10 | ブエノスアイレス (アルゼンチン) | タンゴ(ラテン/アルゼンチン音楽) |
11 | ハワイ | ハワイアン音楽 |
12 | パリ (フランス) | ミュゼット(パリ発祥の舞踊音楽) |
13 | リオデジャネイロ (ブラジル) | サンバ・ショーロ(ラテン/ブラジル音楽) |
14 | コーンウォール (イギリス) | ケルト/コーンウォール音楽 |
15 | プラハ (チェコ) | 西洋/バロック音楽 |
16 | 北京 (中国) | 中国音楽 |
17 | アイルランド | ケルト/アイルランド音楽 |
18 | ブルターニュ (フランス) | ケルト/ブルターニュ音楽 |
19 | ガリシア (スペイン) | ケルト/ガリシア音楽 |
20 | リマ (ペルー) | ムシカ・クリオーヤ(ペルーのラテン音楽) |
21 | ブルガリア | 東欧/ブルガリア音楽 |
22 | バスク (スペイン~フランス) | バスク音楽 |
23 | ラトビア | バルト(北~東欧) / ラトビア音楽 |
24 | フィンランド | 北欧/フィンランド音楽 |
25 | アイルランド | ケルト/アイルランド音楽 |
26 | ポーランド | 東欧/ポーランド音楽 |
27 | オランダ | 西欧/オランダ音楽 |
現地録音の本格的な民族音楽がこれだけ手軽に聞けるシリーズというのは他にはなかなか無いと思います。先ほどのコーンウォール編のように研究資料としても価値のあるアルバムがあったりと、民族音楽初心者のみならず中級者以上の方にもオススメできるシリーズです。
4. 国ではなく民族/文化・ケルト音楽に注目した理由
ラインナップを見ていくとBGM4・17・25アイルランド、7スコットランド、14コーンウォール、18ブルターニュ、19ガリシアとケルト音楽の多さも際立っています。それ以外にも8スウェーデン、24フィンランドといった北欧音楽、2・12フランス、3・9イタリア、6スペイン、22バスク、27オランダといった西/南ヨーロッパ各地の音楽、21ブルガリア、23ラトビア、26ポーランドといった東ヨーロッパ各地の音楽、ヨーロッパ以外では5プエルトリコ、10アルゼンチン、13ブラジル、20ペルーといった中米・南米のラテン音楽も充実しています。
こうして見ると必ずしも国という分け方ではないことに気付きます。例えばバスクの人々はフランスからスペインにかけてのピレネー山脈西部に住む民族です。こうした人々がもつ独自の文化・音楽は、フランスやスペインという国の単位で考えていては見落としてしまいます。
必ずしも国で分けるのではなく、民族/文化を見て地域ごとに特集して行くというのも無印BGMシリーズの特徴です。国家という分け方は近現代や大戦後に作られたものが多く、国境線を超えたからといって全く違う音楽になるワケではありません。反対に、同じ国でも民族が違えば独自の文化(音楽も含む)を持っています。無印良品がなぜケルト音楽に注目したか?という理由もこの「国境を超える力」にあると、BGMシリーズの発案者である庵豊さんが語っています。
5. 新しく始まった『BGM+』シリーズ
『BGM』シリーズは今も定期的に新作が発表されていますが、これとは別に『BGM+』というシリーズが2014年から始まっています。『BGM』シリーズが世界各地の地域に特化して現地のさまざまな演奏家の曲が入っているのに対して、『BGM+』シリーズは現地で活躍するアーティストまたはグループに特化したシリーズです。
白いパッケージが特徴でお店ではあまり見かけず、無印良品のサブスク配信にも無いのでネットストア用の商品なのかもしれません。現在001から012の12作が出ています。こちらにもケルト音楽に関連したアルバムはいくつかあって『BGM+ 003』には人気のケルト音楽グループFlookの『Rubai』が収録されています。
BGMシリーズとは異なりBGM+シリーズでは、既にリリースされている海外のアルバムをアーティストと契約して収録しているようです。こちらのシリーズの内容も一覧にしてみました。
001 | SOAS: muller | ピアノと交響楽団によるガリシアの音楽プロジェクト |
---|---|---|
002 | Lura: di korpu ku alma | アフリカ系とポルトガル系の文化が融合するカーボベルデの新世代クレオール音楽 |
003 | Flook: Rubai | 疾走するリズムとキャッチーなアレンジによるインストのケルト音楽 |
004 | Joe Barbieri: In Parole Povere | ナポリ歌謡の伝統にジャズ・ボサノバを融合させた南イタリア発のシンガーによる音楽 |
005 | Otros Aires: Tricota | 歌と電子音楽を組み合わせた21世紀のタンゴ・エレクトロニカ |
006 | Sileas: Play On Light | ガット弦と金属弦ハープの奏者2人組によるスコットランド/ケルト伝統音楽 |
007 | Eilis Kennedy: Time to Sail | アイルランドのフォークシンガーによるアイルランド/ケルト伝統音楽 |
008 | Nordik Tree: Nordik Tree | スウェーデンとフィンランドの伝統音楽家によるインスト北欧音楽 |
009 | Efraín Ríos y Proyecto Guitarras: El Panorama de la Cuerda Cubana | 中米キューバの楽器「トレス」を始めとした弦楽器によるセッション |
010 | Cordas do Sol: Lume d’Lenha | アフリカ北西の島カーボベルデの8人組によるアコースティックアンサンブル |
011 | Clara Bellar: Meu Coração Brasileiro | 幼少よりブラジル音楽に親しんできたフランスの女優が歌うブラジル音楽の名曲集 |
012 | Helene Blum: En Gang Og Altid | 北欧デンマークのフォークシンガーによるアコースティックサウンド |
6. 無印良品がオリジナルBGMを作る理由
このBGMシリーズには「暮らしの音楽」というキャッチコピーが付いています。無印良品といえば生活雑貨を中心に暮らしに欠かせないものを取り扱っています。この「暮らし」に合う音楽を考えたときに、世界各地に暮らしている人たちが日常の生活の中で演奏してきた、その地域の歴史や生活に根付いている音楽にたどり着いたという訳です。
パリの地下鉄で演奏するメトロミュージシャンであったり、仕立て屋が本職だけど夜になると集会場で社交ダンスの伴奏を演奏するマエストロであったりと、まさに暮らしの身近なところで育まれてきた音楽が無印良品のBGMとして選ばれてレコーディングされています。シリーズの立役者である庵豊さんは世界の伝統的な民族音楽を選んだ理由について次のように語っています。
20作を超える無印良品BGMシリーズの制作者、庵豊さんが見出した「生活の中にある伝統音楽」の力強さ|Webマガジン「ONTOMO」
「伝統」という言葉を聞くと堅苦しいイメージをもつ方もいるかもしれませんが、実際のところ伝統音楽(Traditional music)とはそれとまったく異なるものです。農業や漁業、工芸の作業の中で仕事歌を歌ったり、冠婚葬祭といった行事で歌ったり踊ったりと身近なところで演奏されてきて、それぞれの時代の人々の感覚や生活スタイルに合わせて少しずつアレンジされ発展してきたからこそ、音楽が世代を超えて伝わっているのであり、「暮らしの音楽」として無印良品のBGMに選ばれたのです。
伝統音楽とは昔の姿のまま固定化されて時代遅れになり廃れていく音楽のことではなく、人々の暮らしと共にあり生活スタイルに合わせて発展しながら「人から人へと伝えられてきた音楽」であるという、伝統の意味やあり方、力強さに気付かせてくれるのがこの無印良品のBGMです。