ケルト音楽とは?―楽器・歌と音楽の特徴―

ケルト音楽(Celtic music)とは、今でもケルト語や関連する文化を残すケルト系民族の音楽、あるいはそうした人々の住む国や地域であるケルト文化圏の音楽です。伝統的なケルト音楽をフォーク、ロック、ジャズ、エレクトロニックミュージックといった現代的な音楽と融合させる試みも盛んで、ケルトフュージョン(Celtic fusion)と呼ばれる新しいジャンルにも発展しています。[Melhuish 1998]

ケルト音楽に関わる国や地域

ケルト系民族が住むケルト文化圏はアイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、コーンウォール、ブルターニュと大西洋岸の6地域にまたがって存在しており、また繋がりが深い地域にイベリア半島北西のガリシアがあります [Koch 2006]。

加えてスコットランド出身者を中心に移住者のコミュニティーが存在する、ノバ・スコシア州ケープ・ブレトン島といった大西洋カナダ州も、伝統的な音楽スタイルがよく残る地域として知られています。

衰退が進み一部では消滅の危機にあるケルト系の少数言語を守る取り組みの一環として、地域の言語で歌い受け継がれてきた民謡を始めとして伝統音楽が見直されるようになりました。

国という枠を超えて人が交流する音楽祭と同時に地域固有の言語や伝統文化を学ぶワークショップを開くイベントは「国際ケルトフェスティバル」へと成長します。近年こうしたイベントが開かれる機会もさらに増えるなど取り組みが進んでいます。

Best Of du Festival Interceltique de Lorient 2019
フランス・ブルターニュ地方「ロリアン国際ケルトフェスティバル 2019」の様子
ブルターニュ1971~ロリアン国際ケルトフェスティバル
アイルランド1971~パン・ケルティック国際フェスティバル
ガリシア1978~オルティゲイラ国際ケルトフェスティバル
マン島1978~マン島ケルティック・ギャザリング
コーンウォール1978~ローエンダー・ペラン・ケルトフェスティバル
スコットランド1994~ケルティック・コネクションズ
ケープ・ブレトン1997~ケルティック・カラーズ国際フェスティバル
各地で開催されるケルト音楽祭・国際ケルトフェスティバルの例

目次

  1. ケルト音楽の特徴とは?
  2. ケルト文化圏とは?:現代のケルト民族が住む国や地域
  3. ケルティックハープ
    1. ケルティックハープ (1):吟遊詩人バードとの関わり
    2. ケルティックハープ (2):歴史とバリエーション
  4. ホイッスルとフルート
    1. ティンホイッスル:6穴の縦笛
    2. アイリッシュフルート:6穴+αの横笛
  5. バグパイプ
    1. グレート・ハイランド・バグパイプ:スコットランドとマーチングバンド
    2. ガイタ・ガレガ:ガリシアに伝わるバグパイプ
    3. イリアンパイプス:ふいご式の繊細なバグパイプ
  6. フィドルとクルース
    1. クルース:弓で演奏する竪琴
    2. フィドル:民族音楽のバイオリン
  7. コンサーティーナとアコーディオン:19世紀に発明された蛇腹楽器
  8. バウロン:農具から作られた打楽器
  9. ギター、ブズーキ、ピアノ:20世紀以降に流行した伴奏楽器
  10. 電気・電子楽器:他ジャンルとの融合とケルト音楽ブーム
  11. 民謡と現代のコーラス
    1. ケルト聖歌:忘れられていた聖歌の復興
    2. カーン・ア・ディスカン:リズミカルな民謡の伝統
    3. シャンノース:自由リズムの民謡とスローエア
  12. アメリカへ渡ったケルト音楽
  13. 参考文献

ケルト音楽の特徴とは?

June McCormack, Michael Rooney & Kieran Hanrahan | Geantraí 2010 | TG4
フルート、ハープ、バンジョーによるアイルランド伝統音楽のセッション

ケルト音楽の特徴とはなんでしょうか?歴史的に王や族長と結びついた伝統文化としてハープバグパイプが代表的な楽器であり、おおむね各地域で共通して使われています。音階に関しては西洋音楽と同じ長調・短調や教会旋法に加えて、ヨーロッパでは非常に珍しいペンタトニック/5音音階(+経過音)の構造を持つ曲が多く※2 [水里 2020]、日本の民謡にも似て馴染みやすく感じる人が多いようです。これは他の西ヨーロッパの民族の音楽や、北ゲルマン系民族の北欧音楽には見られない特徴です。

自宅に家族や隣人で集まり、物語や歌を披露して語り合うハウスパーティー
Contes et légendes de Basse-Bretagne (1891)

氏族長と結びついた格式高い音楽の他に、一般の民衆による活発な音楽や踊りも特徴的です。もともとは農村地帯の暮らしの中で作業に合わせて体を動かしながらリズミカルに歌ったり、ケルト神話などの地元の言い伝えや世間話、時にはジョークをメロディーに乗せて歌ったりと生活に密着した伝統音楽が育まれてきました。

自宅に家族や隣人で集まって語り合い、物語を歌にして披露したりダンスを楽しんだりするハウスパーティーも音楽を伝承する重要な場でした [Hast+ 2004]。スコットランド・ゲール語でケーリ(Cèilidh)、アイルランド語でケーリー(Céilí)と呼ばれ※3、同様の習慣がウェールズのノッソン・ラウエンやブルターニュのフェスト・ノースとして知られています。

人との交流のためという性格が強く、近現代になって庶民でも楽器を買えるようになるとプロでない一般の人にも楽器演奏の文化が定着しました。家族で集まって音楽グループを結成する(できてしまう)というのも珍しくありません。

※3: 伝統的な形態は廃れつつあり、今ではホール等で行われる大規模な社交ダンスイベントを指す言葉に変化しています。

A Ghaoil, Leig Dhachaigh Gum Mhathair Mi – Julie Fowlis
ケルト語派スコットランド・ゲール語によるスコットランド民謡

そして何よりケルト語派の言語で歌われる民謡の存在があります。大国イギリスとフランスの言語、ゲルマン系の英語とラテン/ロマンス系のフランス語に圧迫されて衰退が進み、植民地/帝国主義の中で邪魔物扱いの時代さえありましたが、近年ケルト音楽ブームにより親しみやすい存在として見直される機会も増えました。

言語のもつ独自のリズムや響きがよく表れるリズミカルな民謡や、歌詞を優先して自由なリズムで装飾豊かに歌う伝統的な歌唱法が文化圏各地に残っています。またこうした歌のリズム・歌唱法・発声の特徴は、楽器による曲のリズム・演奏法・音色にも如実に影響を与えています。

時代を遡ればもとはひとつの言語(ケルト祖語)であり、言語文化の面で非常に近しい関係にあります。今では言語が分岐して文化圏内の言語文化の差異もいくらか存在するほか、地理的に接している西ヨーロッパ各地の音楽や北欧音楽と一部ではオーバーラップしますが、聞いていて飽きない多様さもまた魅力のひとつです。

ケルト語派の系統樹
ケルト語派の系統 [Ball 2009] 等を参考に作成

他に共通するのが、島や半島、山地や高地といった地理的な障壁によって隔てられ、周囲の影響が及びづらい場所に残った音楽という点です。ケルト語や関連文化が残り、また西ヨーロッパという場所にありながら西洋音楽と異なる独自の音楽的要素が多分に残ってきた背景には、この地理的条件が深く関わっています。大陸ではすでに廃れた古い文化が島に残っているというのは島国である日本にも共通するところがあり、日本でケルト音楽に懐かしさを感じる人が多いというのも興味深い現象です。

ケルト文化圏とは?:現代のケルト民族が住む国や地域

ヨーロッパにおけるケルト文化圏の位置
大西洋に沿うようにヨーロッパのほぼ最西端に位置するケルト文化圏 [Koch 2006]

古代ヨーロッパで勢力を広げていたケルト人ですが、記録が少なく長年謎に包まれていました。近代になると歴史言語学の研究により、時代を遡ればもとはひとつの言語で方言のように分岐したケルト語派の言語の話者であったことが明らかになります。その後衰退の進むケルト系の少数言語と伝統文化を守るため、国や地域の枠を超えた取り組みや交流が盛んに行われるようになりました。

ケルト文化圏
ケルト文化圏の主要な6地域とその周辺

現代におけるケルト系民族は、アイルランド、スコットランド、マン島、ウェールズ、コーンウォール、ブルターニュと大西洋岸の6地域にまたがって存在しています。他の地域ではゲルマン系やラテン系の言語に取って代わり、島や半島、高地といったまわりの影響を受けづらい場所にケルト語が残りました。

ブリテン島南部にも古代にはケルト系ブリトン人が住んでいました※1。古代末期にゲルマン系アングロ・サクソン人が海を渡りイングランドに王国を作ったため、先住のケルト系民族もゲルマン系民族へと急速に同化しました。

一方でブリトン人は西部のウェールズ山地やコーンウォール半島に残ったほか、一部はブルターニュ半島やガリシア山地にも移住しました。ブルターニュとはブリトン人の土地の意味です。

ガリシアやアストゥリアス周辺も古代にケルト系の部族が住んでいました。現在ケルト語は話されていないものの基層文化としてケルト文化が残ることが研究で明らかになったほか [Alberro 2008]、後にブリトン人も移住して来ていて繋がりが深いため通常ケルト文化圏に含めることが多い地域です。[Koch 2006]


アトランティック・カナダ4州
アトランティック・カナダ4州とケベック州

アメリカやカナダにもケルト系の人々の移住が18世紀頃に始まりました。移民によるコミュニティーには移住当時の文化がよく保存されており、すでに本国では廃れたものまで生きた伝統として残っていることも珍しくない程です。

「新しいスコットランド」の意味をもつノバ・スコシア州ケープ・ブレトン島やプリンス・エドワード島(州)、ニューファンドランド島を中心としたアトランティック・カナダ地域もケルトフェスティバルが開かれるなど、少数言語・伝統文化を守る取り組みを進めている地域です。

アトランティック・カナダ4州に隣接するケベック州の音楽は、歌に関してはフランスの伝統が強い一方で、舞曲ではブルターニュやスコットランド、アイルランドといったケルト文化圏の影響を強く受けています。

「世界のケルト音楽を訪ねて〈アトランティック・カナダ編〉」アルテス電子版

※1: イギリスのイングランドにおいても北西のカンブリアはケルト語派のカンブリア語が中世まで残り、また北東のノーサンバーランドは歴史的にスコットランドとの結び付きが強くそれぞれケルト文化圏と関わりの深い地域です。

ケルティックハープ (1):吟遊詩人バードとの関わり

ケルト民族の社会に共通して活躍していたのが吟遊詩人のバード/バルド(bard)です。王や族長に仕えて家系や歴史、法律や慣習を記憶して歌い語り継ぐ役目をもち、社会的にも大きな影響力を持っていました。古代ケルト社会において王にも近い権威をもつ祭司ドルイドの中の一階級として派生し※4、歌の伴奏には決まってリラやハープといった竪琴を演奏しました。

紀元前1世紀に古代ギリシアの歴史家ディオドロスは、ケルト系ガリア人(現在のフランス周辺)の文化について「バルドと呼ばれる吟遊詩人がいてリラに似た楽器をもつ」と記述しています。

εἰσὶ δὲ παρ’ αὐτοῖς καὶ ποιηταὶ μελῶν, οὕς Βάρδους ὀνομάζουσιν. οὗτοι δὲ μετ’ ὀργάνων ταῖς λύραις ὁμοίων ᾄδοντες οὓς μὲν ὑμνοῦσιν, οὓς δὲ βλασφημοῦσι.
訳: 彼らにはまた、彼らによってバルドと呼ばれる吟遊詩人がいます。リラに似た楽器を伴った彼らは時には非難、また時には賛美を歌います。

ディオドロス・シクルス『ヒストリケー・ビブリオテーケー』より
ケルティックハープ
ケルティックハープ

古い時代の竪琴は長方形に近く、現在の分類でいうところのリラでした。中世には三角形に近い竪琴のハープも使われ始めます。

吟遊詩人バードの流れを汲む伝統として、詩をハープのメロディーに合うように即興で歌うケルズ・ダント(Cerdd dant)がウェールズに伝わっています。ウェールズ語のケルズ(cerdd)という言葉には音楽と詩のふたつの意味があり、ウェールズ伝統音楽が吟遊詩人バードの伝統といかに深く結び付いているかが伺えます。

アイルランドでも古代にはリラのような竪琴から始まり、中世にはハープで吟遊詩人バードが詩に伴奏を付けたり、ソロの曲を披露したりと重要な役割をもつ楽器でした [Hast+ 2004]。今ではアイルランドの国章にもハープが描かれて国の象徴になっています。

Sidh Beag agus Sidh Mor - MUJI BGM | Apple Music

シーベック・シーモア(Sí Bheag, Sí Mhór)はアイルランドの吟遊詩人ターロック・オキャロラン(Turlough O’Carolan)による曲です。「シー」はアイルランド語やスコットランド・ゲール語で妖精(の住む丘)の意味で、全体では「小さな妖精の丘と大きな妖精の丘」という意味の曲名です。地元の妖精についての伝承を元に作曲したと言われています。日本では栗コーダーカルテットがカバーしているほか、無印良品の店内BGMシリーズ『BGM4 Ireland』にも収録されていて、もしかしたらどこかで耳にしているかもしれません。

※4: 比較言語学者のエミール・バンヴェニストは、ケルトの王はもともと宗教性を持っていたと指摘しています。次第に役割が分担されて軍事は王に、宗教性はケルト社会における祭司のドルイドに分かれました。宗教性も分担が進むと詩人や哲学者のような存在になり、吟遊詩人バードが生まれます [Benveniste 1987]。ケルト神話でも神ダグザはドルイドやバードのように振る舞う様子が描写されます。

ケルティックハープ (2):歴史とバリエーション

ピクティッシュ・ストーンのハープ(800年頃)
ピクティッシュ・ストーン(800年頃)

竪琴のリラは中東地域の古代文明で用いられ、古代ギリシアや東はシルクロード沿いに中央アジア方面へ伝わりました。その後ギリシアの文化を受け継いだ古代ローマですが、ギリシアと比較して音楽の社会的位置付けは低くあまり資料を残していません。

一方でスコットランド・スカイ島では紀元前300年頃の6弦の竪琴が青銅器~鉄器時代にかけての洞窟遺跡で見つかっていて、現在西ヨーロッパで見つかっている中で最古の弦楽器です。この地域における竪琴は古代より権威と結び付いた重要な存在でした。

今日使われている支柱の付いた三角形のフレームを特徴とする竪琴のハープは、スコットランド北東に住んでいたケルト系ピクト人の石碑に8世紀末から描かれ始めているのが最古の記録で、ここを起源としてブリテン諸島の他の地域へ広がったと考えられています。[Sanger 2019]

現在一般的なガット弦のハープのほかに、古い時代のウェールズやピクト人のあいだでは馬の毛で作られた弦のハープ、スコットランドやアイルランドでは青銅等で作られた金属弦のゲーリックハープ(Gaelic harp)※5を使っていました [Sanger 2019]。古代ケルト民族は金属の加工技術を早くから持ち、また馬を大切な存在として信仰してきたことからも、この楽器が社会的に重要な役割を持っていたことが伺えます。

※5: 金属弦のゲーリックハープは各地域の文脈でスコティッシュ/アイリッシュハープとも呼ばれますが、同じ材質や形状で大部分の歴史を共有しており本質的には同一の楽器です。対して現在この地域で演奏されるガット/ナイロン弦レバーハープは、「ネオ」スコティッシュ/アイリッシュハープと呼んで区別します。[Haney 2004]

中世にはアイルランド、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュといった各地で吟遊詩人バードがハープに合わせて詩を吟唱する伝統が見られました。近代化に伴い社会制度が変化したことで19世紀にはバードと古いハープの伝統が衰退しますが、同じ頃に改良を施した新型のハープが登場して親しまれるようになります。

一般にオーケストラで使われている巨大なハープには転調に対応するために半音の調整をするペダルが付きますが、現在ケルト文化圏で使われるケルティックハープ(Celtic harp)はいくらか小型で、その多くには半音上げるためのレバーが付きます。今では弦はガットやナイロン製ですが、衰退した金属弦ハープを復興させる取り組みも近年盛んに行われています。

Cig a Chwrw - Robin Huw Bowen | Apple Music

近代以降のウェールズ音楽で伝統的なハープというと、レバーの代わりに3列の弦で転調にも対応するウェルシュ・トリプルハープ(Welsh triple harp)のことを指すようになります。外側の2列は同じ音で、中間にシャープやフラットにあたる音が配置されています。メロディーを外側の2列の弦を使ってユニゾンやトレモロで演奏する奏法が特徴です。ウェールズのトリプルハープ演奏家ロビン・ヒュー・ボウエン(Robin Huw Bowen)による演奏を紹介します。

ティンホイッスル:6穴の縦笛

ティンホイッスル
ティンホイッスル

ティンホイッスル(Tin whistle)と呼ばれるリコーダーにも似た縦笛で、6穴とよりシンプルな構造の笛がアイルランドやスコットランドを中心に使われています。

中世の動物の骨によるホイッスルがブリテン諸島の各地で、スコットランドでは14世紀頃の真鍮・青銅製6穴のホイッスルが見つかっていて、この系統の楽器は他のヨーロッパ地域と同様に古い時代から演奏されてきました。19世紀にブリキや真鍮製ティンホイッスルの大量生産が工場で始まると急速に普及していきます。

指穴は片側に6個とシンプルで、強く吹くと同じ指で2オクターブ目の音になります。テンポの速い曲にも対応しやすく、運指も規則的なため装飾音も入れやすい構造です。バグパイプのように音を装飾音で区切る演奏法もよく行われます。クラシック音楽の装飾音はより表情豊かにするため「音を追加する」のに対して、「音を区切る」ためにも装飾音が必要とされるのが特徴です。

The Cat's Meow - Joanie Madden | Apple Music

アイルランド系アメリカ人のジョニー・マッデン(Joanie Madden)による演奏です。アメリカ発の音楽グループ、チェリッシュ・ザ・レディース(Cherish the Ladies)のリーダーでもあります。アイルランド音楽では舞曲としてスコットランド由来のリール(Reel)の次に、この曲のようなテンポの速い6/8拍子のジグ(Jig)が人気でよく演奏されます。チェリッシュ・ザ・レディースも有名なジグの曲名から取ったものです。

ジグの起源はアイルランド島およびブリテン島にあります。17世紀イギリスで流行した民族舞踊がジグと呼ばれ始め、宮廷に取り入れられたことをきっかけにフランスやイタリアの宮廷貴族のあいだでも社交ダンスのジーグ(Gigue)として流行しました。そのため類似する音楽もおおざっぱにジグの名前を借りて呼ばれるようになりました。

ジグよりも古い行進曲マーチ(March)や民謡にも6/8拍子の曲が多くあり、ガリシアでもテンポの速い6/8拍子のムイニェイラ(Muiñeira)がよく演奏されるなど、急速な6/8拍子はケルト文化圏に古くから存在する特徴のひとつと考えられます。

アイリッシュフルート:6穴+αの横笛

アイリッシュフルート・ウッドフルート
アイリッシュフルート・ウッドフルート

アイリッシュフルート(Irish flute)あるいはウッドフルート(Wooden flute)と呼ばれるシンプルな構造のフルートがケルト文化圏各地で使われています。音域を広げたり半音階を安定して出すために特殊なメカが付くこともありますが、基本的な構造は指穴が6個でティンホイッスルとほぼ同じです。

アイリッシュフルートと呼ばれますが楽器自体はアイルランド固有のものではありません。現在一般的なメカニックなコンサートフルートが開発されたのが19世紀で、それまで使われていたフルートが安く手に入るようになったこと、経済が上向いてプロの演奏家ではない庶民でも楽器を買う余裕が出たことが重なって人気になりました。

大きな音量が必要なコンサートでの演奏も少なく当時は各家庭で演奏するのが通常で、2オクターブほどの音域もこの地域の伝統音楽に最適でした。ただしフルート人気はもともとスライゴー周辺の地域に限られていました。これは中西部の農村地域で、植物の茎から6穴くらいの簡単な笛を子ども用に作る習慣があったためと考えられています。20世紀終わり頃になるとアイルランド全国で伝統楽器としての地位を確立します。[Vallely 2010]

Ridées - Sylvain Barou | Apple Music

フルートはガリシアやブルターニュの伝統音楽でもよく演奏されます。シルヴァン・バロウ(Sylvain Barou)はフランス・ブルターニュ出身のフルートやバグパイプの奏者で、ブルターニュ音楽を中心にケルト文化圏の内外、インドやトルコ、ペルシャ、ギリシャといった音楽スタイルの研究にも取り組んでいる演奏家です。ブルターニュの舞曲で6拍子のリデ(Ridée 6 temps)の演奏を紹介します。

グレート・ハイランド・バグパイプ:スコットランドとマーチングバンド

バグパイプ(Bagpipes)は西アジアからヨーロッパへと伝わり各地に様々なバリエーションが存在しましたが、その大部分が衰退したために近代以降は最西端のケルト文化圏と強く結び付いています。特にスコットランドのハイランド地方では、族長に仕えるハープ奏者が徐々にバグパイプを演奏するようになったため、氏族の社交や儀礼の場で大切な役割を担う楽器としての地位を築きました。

グレート・ハイランド・バグパイプ
グレート・ハイランド・バグパイプ

世界的に最も有名なバグパイプがスコットランドのグレート・ハイランド・バグパイプ(Great Highland Bagpipe)です。19世紀にイギリスの軍楽隊(マーチングバンド)に採用されてからは式典の場で演奏されることも多く、アメリカやカナダ、オーストラリアといったイギリスの旧植民地でも同様にバグパイプの演奏が行われます。

口で息を吹き込んで空気を袋…バッグに溜めます。袋を腕で押さえることで、袋に取り付けたパイプに空気を送って音を鳴らします。指穴が付いてメロディーを演奏できるチャンター(chanter)というパイプのほかに、低い持続音を出すドローン(drone)と呼ばれるパイプも付きます。

バグパイプのマーチングバンドによるスコットランド民謡、オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)の演奏です。日本では明治時代に輸入して歌詞を新しく付けた「蛍の光」でおなじみです。スコットランドではカウントダウンの時に新年を祝って盛大に歌われます。

Auld Lang Syne / Will Ye No Come Back Again / We're No Awa Tae Bide Awa - St. Andrew's Pipes & Drums of Tampa Bay | Apple Music

ガイタ・ガレガ:ガリシアに伝わるバグパイプ

ガイタ・ガレガ
ガイタ・ガレガ

現在のスペイン北西部にあたるガリシア周辺の地域では、ガイタ・ガレガ(Gaita Galega)と呼ばれるバグパイプの伝統が盛んです。早いものでは13世紀ガリシアの唱歌集『聖母マリアのカンティガ集』の挿絵にもバグパイプの姿を見ることができます。

地域によってはスコットランドのバグパイプに似てミクソリディアンに近い音階のガイタもありますが、今では半音階も演奏しやすくなるように改造されて長調と短調に対応できるガイタが広く使われています。[Balosso-Bardin 2017]

ガリシア出身のマルチ笛奏者、カルロス・ヌニェス(Carlos Nuñez)の演奏を紹介します。スタジオジブリのアニメーション映画『ゲド戦記』のサウンドトラックに参加したことでも話題になりました。

ケルト文化圏では伝統的にソロ、ないし数人で同じメロディーをユニゾンで演奏するのが通常ですが、この曲のようにガリシアでは2台のバグパイプで3度や6度でハモることがあるのも特徴です。

Alborada de Veiga / Muiñeira de Chantada (Directo) - Carlos Nuñez | Apple Music

イリアンパイプス:ふいご式の繊細なバグパイプ

イリアンパイプス
イリアンパイプス

アイルランドのバグパイプであるイリアンパイプス(Uilleann pipes)は映画『タイタニック』の社交ダンスパーティーでも伴奏楽器の中に登場しました。アイルランド語のイルン(uillean)は「ひじ」の意味で、右のひじでふいごを押さえて袋に空気を送ります。18世紀頃から独自に発展をとげたバグパイプです

マーチングバンドで使われるバグパイプと比べると音量はやや控えめ・音域が2オクターブと広く、座って演奏することもあり繊細な音色や演奏を聞くことのできるバグパイプです。勇ましいというよりは少し哀愁漂うような音色で、最近では『ゼルダの伝説 ブレオブザワイルド』の「ハテノ村」BGMに使われているのを耳にしました。

バグパイプというと音が鳴りっぱなしのイメージですが、イリアンパイプスでは指穴をすべて閉じてチャンターの先の穴もひざで塞ぐと音が止まるのでスタッカートのような奏法も可能です。ドローンのほかに和音を演奏できるレギュレーターというパイプが複数付くのも特徴で、右手の外側でキーを押さえて演奏します。

Urchill A'chreagain - Kevin Crawford & Cillian Vallely | Apple Music

人気音楽バンド、ルナサ(Lúnasa)でも活躍するイリアンパイプス奏者のキリアン・ヴァレリー(Cillian Vallely)による演奏を紹介します。演奏している曲は18世紀北アイルランドで族長に仕えた吟遊詩人が作曲した歌です。この曲のような拍がはっきりしない複雑な自由リズムはケルト文化圏以外の他のヨーロッパ地域の民謡ではあまり見られない珍しいスタイルです。楽器で演奏する場合にはスローエア(Slow air)と呼ばれます。

クルース:弓で演奏する竪琴

クルース
クルース

バイオリンの元となる楽器レベック(Rebec)は10世紀頃に東方からヨーロッパへと伝わり始めました。一方でケルト文化圏ではこのバイオリンと別の起源を持つ弓奏楽器が演奏されました。

中世から伝わるウェールズの伝統楽器に弓で演奏する竪琴のクルース(Crwth)があります。ウェールズではハープの次に重要な地位をもつ楽器と見なされていました。

クルースはケルト祖語で丸い物を意味する語(*krutto-)に遡りますが、アイルランド語で小さなハープを意味するクリッチ(Cruit)も同じ語に由来します [Moisl 1981]。もともと竪琴の弦はツメやピックではじいて演奏していましたが、弓で演奏するように変化したところから弓奏楽器フィドルの演奏法の伝統が始まりました。

ケルト祖語 *krutto- (丸い形状の弦楽器)
→ウェールズ語 crwth (弓で演奏する竪琴・リラ)
→アイルランド語 cruit (はじいて演奏する小型の竪琴・ハープ)

一般的な形で6本の弦があり、4本はバイオリンのように指板が付いてメロディーを演奏できます。2本の弦には指板がなく、バグパイプのドローンのように常に同じ低音を出す役割を持ちます。

ウェールズを中心にイギリス各地やフランス・ブルターニュの伝統音楽の演奏にも取り組むウェールズ音楽バンド、ファーンヒル(Fernhill)のアルバムから1曲を紹介します。クルースはキャス・マイリグ(Cass Meurig)による演奏で、ここでもドローン弦の特徴的な奏法を聞くことができます。

Gwalch - Fernhill | Apple Music

フィドル:民族音楽のバイオリン

フィドル(バイオリン)
フィドル(バイオリン)

フィドル(Fiddle)は現在ではバイオリンのことを指します。イタリア語のバイオリンは西洋クラシック音楽と結び付き、英語のフィドルは民族音楽全般で使われる名称で、アメリカのブルーグラスなどカントリー音楽、東欧のジプシー音楽でのフィドル演奏は有名です。

ケルト文化圏では楽器自体はここ数世紀で導入された比較的新しい伝統ですが、クルースに代表されるように擦弦楽器の演奏法の長い歴史が存在しています。地域によって言語や方言の違いが出るように、伝統的にそれぞれ異なる演奏スタイルが伝えられてきました

一口にアイルランド音楽とは言っても一括りには出来ない多様なスタイルがあり、例えば西のクレアではひと弓が長く装飾音をあいだに挟む滑らかなスタイル、北のドニゴールはスコットランド音楽のスタイルに近く、弓を頻繁に返して装飾したり音を強調するスタイルといった違いがあります [Hast+ 2011]。また、スコットランドのフィドル奏法は移民によりアメリカのアパラチアや、カナダ沿岸部といった北アメリカのフィドル奏法に大きな影響を与えました。

Willie Fraser - Natalie MacMaster | Apple Music

カナダ東部のノバ・スコシア州ケープ・ブレトン出身のフィドラー、ナタリー・マクマスター(Natalie MacMaster)の演奏を紹介します。ノバ・スコシアは「新しいスコットランド」の意味で、スコットランドからの移民が特に多い地域です。1997年からはケルティック・カラーズ国際フェスティバルが毎年開かれるなど、少数言語・伝統文化を守る取り組みが盛んに行われている地域のひとつです。

クラシック音楽でよく聞くバイオリンと比べるとビブラートは控えめなことが多く、代わりに装飾音のバリエーションが豊かです。バグパイプのドローンにも似た重音(和音)もよく使われていて、カントリー音楽のような雰囲気も感じるかもしれません。

コンサーティーナとアコーディオン:19世紀に発明された蛇腹楽器

コンサーティーナ
コンサーティーナ

六角形や八角形の形をした蛇腹楽器のコンサーティーナ(Concertina)は、19世紀に発明されてヨーロッパを中心に流行しました。蛇腹を押し引きして空気を送りながら、箱の左右に付いているボタン式の鍵盤で演奏します。

19世紀後半には押し引きで違う音の出るタイプのアングロ・コンサーティーナが工業的に生産されて、近所のお店でも安く手に入るようになります。小さい楽器でも音量は大きく、社交ダンスの伴奏楽器として好まれました

同じ蛇腹楽器のアコーディオンが流行するとコンサーティーナは姿を消していきますが、アイルランドでは西のクレアを中心に人気が続いています。[Worrall 2007]

カトリーン・ニック・ガワン(Caitlín Nic Gabhann)による演奏です。リバーダンスのツアーにダンサーとして参加した経験もあり、演奏家だけではなくダンサーとしても知られています。

Up Leitrim / A Tune for Bernie - Caitlin Nic Gabhann | Apple Music

アコーディオン(ピアノ鍵盤式)
アコーディオン(ピアノ鍵盤式)

アコーディオンもコンサーティーナと同じ頃、19世紀の産業革命の時代に発明されました。アイルランド音楽でよく見かけるアコーディオンはアングロ・コンサーティーナの特徴ともよく似ていて、押し引き異音式でボタン鍵盤のボタン・アコーディオンが好まれます。

一方でスコットランド音楽では、おなじみの押し引き同音式でピアノ鍵盤のアコーディオンがよく演奏されます [トシバウロン 2016]。スコットランド・ヘブリディーズ諸島のアコーディオン奏者、パトルック・モリソン(Pàdruig Morrison)による演奏です。

この曲で聞くことの出来る、短い16分音符に長い付点8分音符が続く独特のリズムはスコッチ・スナップ(Scotch snap)と呼ばれています。スコットランド・ゲール語のリズムと密接に結び付いていて、この地域の民謡やその影響を受けた舞曲のストラスペイ(Strathspey)などのスコットランド伝統音楽、繋がりの深いアイルランド北部のドニゴールの伝統音楽に特徴的なリズムです。

Alasdair Uilleim's - Beinn Lee | Apple Music

バウロン:農具から作られた打楽器

バウロン
バウロン

バウロン(Bodhrán)はタンバリンにも似た打楽器です。手で叩くこともありますが、ビーターを使って叩く奏法が一般的です。もう片方の手で裏側から皮に触れることで、音色や音の高さを細かく変える場合もあります。

アイルランド南部の農村では穀物のふるいから打楽器を作ったという19世紀頃の記録があります。鈴のないタンバリンのような楽器で、これがアイルランドにおけるバウロンの起源だと考えられています [Bharáin 2007]。

お隣りのコーンウォールにもバウロンと同じ型の楽器、クラウディー・クローン(Crowdy-crawn)があります。これはコーンウォール語で皮製のふるいを意味する語、クローデル・クローヘン(Croder croghen)に由来します。タンバリン型の楽器は珍しいものではなく各地に似た楽器があったと考えられます。

ケルト文化圏ではあまり打楽器を使いませんが、1960年代になるとチーフタンズ(The Chieftains)を始めとした音楽グループが使い出して人気になりました。ここではスコットランドのバウロン演奏家、イーモン・ニュージェント(Eamon Nugent)を紹介したいと思います。メロディーを演奏するかのように音の高さを変える特徴的な奏法を聞くことができます。

Daily's Trip to Dingle (E.P.) - Paddy Callaghan | Apple Music

ギター、ブズーキ、ピアノ:20世紀以降に流行した伴奏楽器

1960年代は他にも様々な楽器を新しく取り入れる動きが盛んになりました。若い世代を中心に伝統音楽を現代的にアレンジした演奏が人気を博す、ルーツ・リバイバル(Roots revival)あるいはフォーク・リバイバル(Folk revival)と呼ばれるムーブメントが世界各地で起きていた時代です。

伝統的に曲や歌は伴奏を付けず一人で演奏することが多かったのですが、アイルランドでもこの1960年代頃からパブへと場を変えて複数人でセッションする文化が出現・定着し始めました。聴衆も増えてこれまで衰退が進んできた音楽文化を再び盛り上げた一方で、ラジオやTVを通じてアイルランド伝統音楽の商業化も進み、多くの人と合わせるため個々の曲に存在したバリエーションも減って均質化が進むなど伝統音楽のスタイルも大きな変化を経験します。

ブズーキ
ブズーキ

当時流行したフォーク・ソングのギター弾き語りスタイルの影響を受け、和音による伴奏を付けるためにギターが積極的に使われ始めたのもこの頃です。他にはブズーキ、マンドリン、バンジョーといった楽器も導入されました [Hast+ 2004]。

20世紀初めにギリシャに導入されて流行していた楽器ブズーキを持ち帰って、ギターのように裏面を平たくしたりイタリアのマンドリンのチューニングを参考にしたりと改造して生まれたのがアイリッシュブズーキ(Irish bouzouki)あるいはオクターブマンドリン(Octave mandolin)です。

Durme nenu - Llan de Cubel | Apple Music

ガリシア、アストゥリアスやブルターニュの音楽でもよく演奏されるほか、改造を加えた楽器モダン・シターン(Cittern)が北欧音楽で演奏されたりと、リバイバルの流れで欧米各地に広まりました。アストゥリアスのケルト音楽バンド、リャン・デ・クベル(Llan de Cubel)のアルバムからエリアス・ガルシア(Elías García)による演奏です。

アイルランド音楽ではどちらかと言うとギターによる伴奏が多いですが、スコットランド音楽ではピアノによる伴奏が多くなります。中でもスコットランドからの移民が特に多いケープ・ブレトンのピアノ伴奏スタイルはリズムや和音が多彩です。

近年のアイルランドではメロディーを複数人・ユニゾンで演奏することも多いですが、こちらはメロディーを1人ないし2人のみで演奏する伝統が残ったために多彩なピアノ伴奏をする余地がありました [トシバウロン 2014]。ナタリー・マクマスター(Natalie MacMaster)のフィドルとジョエル・チアソン(Joel Chiasson)のピアノによる演奏の例を紹介します。

Lively Steps - Natalie MacMaster, Joel Chiasson | Apple Music

電気・電子楽器:他ジャンルとの融合とケルト音楽ブーム

20世紀後半の世界的なルーツ・リバイバルの流れとともにケルト文化圏の音楽への関心も高まりました。その中でも1960~70年代のケルト音楽ブームで大きく活躍したのがフランス・ブルターニュの音楽家、アラン・スティーヴェル(Alan Stivell)です。スティーヴェルは小さい頃からケルト文化に興味をもち、言語や歴史、芸術を学び始めました。

1950年代から音楽活動を始め、ブルターニュ音楽の枠にとどまらずアイルランドやスコットランド、マン島、ウェールズといった他のケルト文化圏の音楽も学び、ケルティックハープによる演奏・収録を行ってアルバム『ケルティックハープのルネサンス(Renaissance de la Harpe Celtique)』をリリースします。伝統音楽に新しくギターやドラムセットを取り入れたケルトロック(Celtic rock)のスタイルにも取り組み、1972年のパリ・オランピア劇場でのコンサートをきっかけに一躍人気となります。[Eder 2013]

Tri Martolod - Alan Stivell | Apple Music

ケルト系の少数言語・伝統文化を守る取り組みの一環として国際ケルトフェスティバル(Inter-Celtic festival)が開催され、スティーヴェルを始めとした音楽家が自らの音楽を広く発信するようになったことがブームに繋がります。ブームにより少数言語と伝統文化の古く堅苦しいイメージを親しみやすくカッコいいイメージへと変化させ、若い人が地域固有の言語を学ぶきっかけになりました。こうした取り組みが功を奏した結果、ケルト文化圏の伝統音楽は日本も含め世界的に認知されるようになりました。


1980年代後半には2回目のケルト音楽ブームが訪れます。1987年に放送されたBBC放送制作のドキュメンタリー番組『幻の民 ケルト人』でテーマソングを担当したのがアイルランドのシンガーソングライター、エンヤ(Enya)です。ケルト文化圏の伝統音楽を現代的に昇華させたエンヤによるニューエイジ音楽(New-age music)は世界的なヒットとなり、日本でも映画やCMに起用されました

エンヤは1970年代にエンヤの家族が結成したバンド、クラナド(Clannad)のメンバーとして活動を始め、キーボード演奏やコーラスを担当しました。クラナドを去るとソロでの活動に専念し、マルチトラックレコーダーによるボーカルの多重録音やシンセサイザーによる音色を積極的に取り入れた独自のサウンドを創り上げました。エンヤが好んで使ったシンセサイザー「Roland D-50」収録のピチカートの音色(Pizzagogo)はあまりにも有名です。

Orinoco Flow - Enya | Apple Music

ケルト聖歌:忘れられていた聖歌の復興

ヨーロッパ各地には、その地方の音楽に影響を受けた独自の教会音楽がそれぞれ存在していました。アイルランドやイギリス、ブルターニュで歌われていたのがケルト聖歌(Celtic chant)です。ローマ教会はその権威を高めるためこうした教会音楽の統一を目指し、次第にローマ式のグレゴリオ聖歌へと取って代わりました。[Stäblein 1975]

1987年に結成された合唱団のアヌーナ(Anúna)は、中世の聖歌や民謡といった古い時代の音楽を発掘・復興して現代的にアレンジすることにも取り組みました。アヌーナの結成当初の名前はアン・ウアナ(An Uaithne)でした。ウアナとはケルト神話における神ダグザお付きのハープ演奏家、あるいはそのハープを指していて、神話に由来して古代の3種類の音楽のことを意味するほか※6、ハーモニーという意味も持っています。

Riverdance - ビル・ウィーラン | Apple Music

1994年のユーロビジョン・ソング・コンテストをきっかけに世界的にヒットしたアイルランド発のダンスショー『リバーダンス(Riverdance)』にも出演していてました。1994年から1996年にかけて約3年間、アヌーナはリバーダンスのコーラス隊としても活躍します。

アヌーナは日本でも人気のグループで、2017年には能とのコラボレーション企画である『ケルティック能 鷹姫』に出演するために来日しています。作曲家の光田康典さんもアヌーナの大ファンで、2017年発売のゲーム『ゼノブレイド2』ではゲーム中のBGM4曲でアヌーナの歌声をレコーディングしました。

※6: 女神ボアン(Boann)が3人の子どもを出産するとき、ウアナ(Uaithne)が3種類の音楽を演奏したと言われています。初めは出産の苦しく悲しい気分を和らげる音楽ゴルトリー(Goltraí)、次に出産した喜びを表す音楽ジャントリー(Geantraí)、最後に演奏したのが眠気を誘う音楽スアントリー(Suantraí)です。
『フロイヒの牛捕り』より (https://celt.ucc.ie/published/G301006/index.html)

カーン・ア・ディスカン:リズミカルな民謡の伝統

ブルターニュ語(ブルトン語)のカーン・ア・ディスカン(Kan ha diskan)は直訳すると「歌と応答の歌」という意味です。リーダーの役割をもつカーネル(kaner)が歌い、続きを他のディスカネル(diskaner)が歌い、再びカーネルが歌う…という2人以上の歌手が交代で歌うフランス・ブルターニュ伝統の歌唱スタイルです。

歌い始めは周囲の人に呼びかけるように、また一緒に歌う相手と曲や歌う高さを確かめるように、テンポが遅くあいまいな自由リズムで始まる場合もあり、それからリズミカルな歌に移行します。交代する直前のタイミングで前の歌手にオーバーラップして歌う部分がおよそ2拍前後あり、歌が途切れないようになっているのも大きな特徴です。ブルターニュ民謡の代表的な歌手ヤン=ファンシュ・ケメネール(Yann-Fañch Kemener)とエリック・メヌトー(Éric Menneteau)による歌を紹介します。

I tont d'ar gêr deus an arme - Yann-Fanch Kemener & Éric Menneteau | Apple Music

こうした歌は農村地域における日々の生活に密着していました。農作業の退屈さを紛らわせる作業歌として歌ったり、収穫祭や市、結婚式などの行事で歌に合わせて踊ったりして楽しまれてきました。庶民でも楽器を買うことが一般的になったのは最近の事であり、たいていは歌が一定のリズムを作り出してダンスの伴奏となっていました。

後にこの歌唱スタイルが元になって、ペアの楽器奏者が交代で演奏するスタイルが出現しました。ブルターニュの伝統楽器であるビニウ・コース(Binioù kozh)とボンバルデ(Bombarde)のペアが代表的でよく知られています。ビニウ・コースはブルターニュ語で「古いバグパイプ」の意味、ボンバルデはオーボエやチャルメラに似た木管楽器です。[Defrance 1991]

シャンノース:自由リズムの民謡とスローエア

他のヨーロッパ地域の民謡とは異なり、またケルト文化圏において複雑に発展した音楽スタイルの1つと考えられるのが自由リズムです。変拍子やランダムなリズムではなく、拍を感じさせないよう意図的に音を伸ばして、複雑に装飾音を入れる特殊なスタイルです。

こうした歌のスタイルは、アイルランドではシャンノース(Sean-nós)の名前で知られています。seanは古い、nósはスタイルの意味で、伝統的な歌唱法が衰退する中でこう呼ばれるようになりました。単に「古い歌い方」という意味のためリズミカルな歌い方も含まれますが、シャンノースの独自のスタイルがよく現れるのは自由リズムの歌唱法です。

アイルランド語と英語の混ざった歌詞で歌われる歌、A Stór Mo Chroí(私の心の宝物)を紹介します。故郷を後にして新天地へと移住していく人との別れを歌った曲です。19世紀に農作物の飢饉や迫害によって多くの人々が故郷を追われてアメリカへと渡っていきました。

Stor Mo Chroi - Seán Keane | Apple Music

日本の民謡でも聞かれる「こぶし」のように、1つの音を伸ばしながら装飾音を入れたり複雑にピッチを変えたりするメリスマ様式は、他のヨーロッパの民謡ではほとんど見られない珍しい要素です。歌声もクラシック音楽やヨーロッパで一般的な民謡の歌い方とは異なり、緊張した喉から発声してやや鼻にも共鳴するような鋭い音色です。日本の追分様式の民謡とも数多くの共通点があり、どこか懐かしくも感じます

シャンノースで重要なのは詩の内容を伝えることで、歌のリズムも歌詞によって自然と決まってきます。詩の中でも特に重要な意味がある強勢アクセントを邪魔しないように、アクセントのない位置で装飾音を入れる傾向にあります [菱川 2016]。1番2番…と歌詞が変われば、繰り返すメロディーも即興的に少しずつ変えて歌われます。

シャンノース西洋クラシック音楽
歌声・音色緊張した喉から出す鋭く鼻にかかる声力を抜いて腹部から出す均質な音
メロディーメリスマ様式=1音の中で複雑に変化シラブル様式=1音の中で高さは一定
装飾音アクセントの無い(弱い)位置で音を区切るアクセントを伴う音を装飾して目立たせる
リズム拍を自由に伸縮させられる拍は常にほぼ一定の長さ
ハーモニー伴奏なしのソロで歌う複数人でハモることも多い
ダイナミクス装飾音によるリズムやピッチの抑揚音量の大小による抑揚
ビブラートほとんど使用しないピッチや音量によるビブラート

他にも音量の大小やビブラートはほとんど付けない、和音による伴奏やハモリはなくソロで歌うという特徴もありますが、大部分がこの地域の楽器の演奏法にも当てはまっています。歌声や歌唱法が楽器の音色や演奏法に強く影響していることがよく分かります。

アメリカへ渡ったケルト音楽

アメリカやカナダにはケルト文化圏を始めとしてヨーロッパ各地域から多くの移民が渡りました。アメリカ人の名字で見かけるマク(Mac, Mc)~や、オ(O’)~はスコットランド・ゲール語やアイルランド語に由来しています。有名なハンバーガーチェーンのマクドナルドを立ち上げたのも、スコットランドからアメリカへ渡った移民の子孫です。

とりわけアルスター・スコッツと呼ばれるスコットランドおよびイングランドとの国境地帯に住んでいた人々はイギリスの政策によりアイルランド北部に入植した後、重税を課されるなどしてアメリカ東部のアパラチア山脈に逃れました。このアパラチアの音楽が元となって発展したのがカントリー音楽です。スコットランド伝統音楽を中心としたケルト音楽はカントリー音楽を通じて現代アメリカのロックやポピュラー音楽のルーツの一部にもなっています。[McClatchy 2000]

Waiting For the Federals - Phil Cunningham and Aly Bain | Apple Music

さらには移民の影響を受けたアメリカの楽団が今度はヨーロッパ側でライブを行うなど、相互に影響を与えるようにもなりました。カントリー音楽の楽器バンジョーがアイルランド伝統音楽で使われるのも、こうした事情が背景にあるためです [Meade 2014]。この地域で伝統音楽に代わってカントリー音楽人気が高まったことも、音楽のルーツを辿ればまったく不思議ではありません。

最後にスコットランドのフィドル奏者アリー・ベインとアコーディオン奏者フィル・カニンガムによる演奏を紹介して終わりたいと思います。演奏しているのは移民による北アメリカの音楽オールド・タイムの曲です。このオールドタイムは後のカントリー音楽にも繋がっていきます。

参考文献

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  • [Koch 2006] John Koch (2006): Celtic Culture: A Historical Encyclopedia. Oxford, Santa Barbara, Calif, ABC-Clio.
  • [Alberro 2008] Manuel Alberro (2008): “Celtic Legacy in Galicia”, e-Keltoi (Journal of Interdisciplinary Celtic Studies). (https://dc.uwm.edu/ekeltoi/vol6/iss1/20/)
  • [Hast+ 2004] Dorothea E. Hast and Stanley Scott (2004): Music in Ireland: Experiencing Music, Expressing Culture. New York, Oxford Univ. Press. 訳:おおしま ゆたか (2008):『聴いて学ぶアイルランド音楽』アルテスパブリッシング.
  • [Ball 2009] Martin J. Ball (2009): The Celtic Languages, 2nd Edition. Taylor & Francis.
  • [Benveniste 1987] Émile Benveniste 著, 蔵持 不三也 ほか共訳 (1987):『インド・ヨーロッパ諸制度語彙集II 王権・法・宗教』言叢社.
  • [Sanger 2019] Keith Sanger (2019): “Harp Trees: From the natural wood perhaps?”, WireStrungharp.com. (https://www.wirestrungharp.com)
  • [Haney 2004] Tanah Haney (2004): “Kinds of Harps – Ancient to Modern”, Celticharper.com. (http://www.celticharper.com/harpkind.html)
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  • [Moisl 1981] Hermann Moisl (1981): “A Sixth-century Reference to the British bardd”, The Bulletin of the Board of Celtic Studies 29.
  • [Balosso-Bardin 2017] Cassandre Balosso-Bardin (2017): “A Short Overview of the Bagpipes from the Iberian Peninsula”, Chanter: the Journal of the Bagpipe Society , Vol. 31 No. 2.
  • [Worrall 2007] Dan Worrall (2007): “Notes on the Beginnings of Concertina Playing in Ireland, 1834-1930”, Concertina Library: Digital Reference Collection for Concertinas. (http://www.concertina.com/worrall/beginnings-concertina-in-ireland/index.htm)
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  • [Ó Bharáin 2007] Liam Ó Bharáin (2007): “Bodhrán: its origin, meaning and history”, Treoir Vol.39, No.4.
  • [トシバウロン 2014] トシバウロン (2014):「世界のケルト音楽を訪ねて〈アトランティック・カナダ編〉」, アルテス電子版. (http://magazine.artespublishing.com/web/世界のケルト音楽を訪ねて)
  • [Stäblein 1975] Bruno Stäblein (1975): Schriftbild der einstimmigen Musik (Musikgeschichte in Bildern, Bd. III: Musik des Mittelalters und der Renaissance, Lfg. 4). Leipzig, VEB Deutscher Verlag fur Musik. 訳:音楽之友社 (1986):『単音楽の記譜法(人間と音楽の歴史Ⅲ: 中世とルネサンスの音楽 第4巻)』.
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  • [菱川 2016] 菱川 英一 (2016): 『シャン・ノース 秘密の唱法: ジョー・ヒーニーの場合』. Stiúideo Gaeilge.
  • [水里 2020] 水里 真生 (2020):『ケルト音楽のメロディー1: 音階と旋律法』.
  • [McClatchy 2000] Debby McClatchy (2000): “A Short History of Appalachian Traditional Music”, Musical Traditions Internet Magazine. (http://www.mustrad.org.uk/articles/appalach.htm)
  • [Meade 2014] Don Meade (2014): The Irish Tenor Banjo. (http://blarneystar.com/articles.html)

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