ゲームのBGMはゲーム体験の印象、プレイの快適さ、ストーリー進行にも関わっているためにどのような曲を鳴らすのかは重要です。そしてこちらは普段あまり意識されないかもしれませんが、曲の「鳴らし方」もまた同じくらい重要です。
ゲームサウンドは必ず映像とセットになってプレイヤーに伝わるので、音の鳴るタイミングや聞こえ方ひとつでゲームの印象が大きく変わることもあります。
ゼルダの伝説シリーズでは「歌」が物語の中で重要な意味をもつことが多く、BGMだけでなくその鳴らし方も凝った作りになっています。ここではシリーズから『時のオカリナ』以降『ブレスオブザワイルド』までの3Dゲームをメインに、物語の世界の音とも複雑に作用し合うBGMについて見ていきます。同時にこうした音の演出を映像と音の空間的な関係に注目した2種類、および3種類の音の分類法で分析します。
※この記事は『ゲームサウンド制作 Advent Calendar 2018』として執筆しました。興味のある方はぜひこちらもチェックしてください。
ゲームサウンド制作 Advent Calendar 2018 | Adventar
目次
1. 物語世界と非物語世界の2種類の音楽
映画を始めとした映像作品の音楽は、映像の中の世界で実際に鳴っているかどうかで2種類に分けることができます。登場キャラクターが楽器を弾いていたり、演奏会が開かれているシーンではそれに合わせて音楽を付けるのはごく自然で、これが物語世界の音楽(Diegetic music)です。音を発している人や物といった音源(source)が映像の中に存在するという意味でソース・ミュージック(Source music)とも呼ばれます。
物語の中で実際に鳴ってはいないものの、映像やストーリーとの相乗効果を狙って付けられる音楽が非物語世界の音楽(Non-diegetic music)です。基本的には視聴者やプレイヤーのみに聞こえる音楽です [Kassabian 2000]。フィールドを冒険する上で場所ごとの印象を強める曲であったり、ゲームプレイをテンポよく進めるために敵と遭遇すると緊張感のある曲に切り替わることでプレイヤーに状況の変化を直感的に伝えたり、あるいはストーリーと連動して登場人物の心情やその変化を暗示した曲になっているかもしれません。
この分類は音楽だけでなく効果音やセリフにも当てはまり、広くdiegetic soundやnon-diegetic soundと呼ばれます。この物語世界(diegetic)という概念は映像と音の時空間的な関係を考えるために長らく映画音楽の研究で用いられてきました。ほかにも映像作品における音の機能や役割に着目して、このような別の分類法を考えることも可能です。
2. BGMと物語世界の相互作用
2-1. BGMが物語の世界とリンクする
ところが『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のロンロン牧場では、非物語世界の音楽であって物語世界の音楽でもある変わったBGMが出てきます。
牧場に入るとハーモニカの音色で牧場のテーマが聞こえてくるのですが、奥に進むと音色がハーモニカから歌声に変わります。歌の聞こえる方角に進むと音量も大きくなり、体を揺らしながら歌うアニメーションの付いたキャラクター「マロン」がいることに気が付きます。話しかけたタイミングで歌とアニメーションが止まるので、ここで歌の正体がハッキリするという仕組みです。
プレイヤーだけが聞いているはずのBGMに合わせて歌うキャラクターが登場することで、1つのBGMが非物語世界と物語世界とで同時に2重の意味をもつ音楽となっているのです。さらにゲームを進めると、今度はこの音楽「エポナの歌」を演奏することで馬のエポナに乗ることができるようになります。
『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の馬宿BGMでも「ロンロン牧場/エポナの歌」のメロディーがアレンジされ、登場人物のカッシーワが非物語世界のBGMに合わせてこの曲を演奏しています。話しかけると演奏が止まるところまでロンロン牧場のマロンの演出とそっくりです。
このように物語世界の音源(source)と結びつけて非物語世界の背景音楽を付ける(scoring)ことはソース・スコアリング(Source Scoring)とも呼ばれます [Kassabian 2000]。
2-2. BGMと物語世界を行き来するメロディー
同じく『時のオカリナ』で重要な音楽演出といえば、タイトルにもなっているオカリナの演奏システムです。コントローラーの複数のボタンにそれぞれ異なる高さの音が対応していて、ゲームプレイヤーが主人公のもつオカリナを演奏することができます。この演奏システムはその後のゼルダシリーズでも、タクトの指揮やウルフリンクの遠吠え、ハープの演奏という形で受け継がれています。
単純に楽器の演奏ができるだけではありません。例えば「ゼルダの子守唄」を吹くと王家の使者であることを知らせることができて扉が開いたりと、ストーリーを進行させるための重要なキーになっています。謎解きに必要な音楽を考えて演奏するという、プレイヤーの能動的な行動でゲームの世界に引き込む映画音楽にはない面白い仕掛けです。
このオカリナで吹く物語世界のメロディーは先ほどの「ロンロン牧場」のように非物語世界のBGMにも現れます。BGMとして聞いていた非物語世界の音楽が、オカリナで演奏される物語世界の歌として登場し、ストーリーの進行とともに再び非物語世界のBGMでアレンジされて現れるという、二重三重にも意味をもつ複雑な構造になっています。
例えば物語世界のメロディーである「ゼルダの子守唄」のモチーフはゼルダ姫の登場シーンBGMになっているほか、ストーリー後半に登場するシークという人物のテーマ曲の後半にもゼルダ姫のことを暗示するように一瞬だけ現れます。さらに注意深く聞くと、シークのテーマ曲の冒頭「シ♭-ファ-ソ」もゼルダの子守唄(を移調した)「ソ-シ♭-ファ-ソ-シ♭-ファ」に由来していることが分かります。
2-3. 物語がBGMの意味を変える
もうひとつ『時のオカリナ』から「迷いの森」で音楽が聞こえる方向を手がかりに進むという演出を紹介します。
登場人物ケポラ・ゲボラが「森の奥から音楽が聞こえてくる」と言いますが音の正体は分かりません。やみくもに進んでもいつの間にか森の入り口に戻ってしまうのですが、ヒントを頼りにメロディーが聞こえる(BGMのメロディーパートの音量が大きくなる)方向へ進むと森の奥に出ることができます。そこにはオカリナを吹く登場人物「サリア」がいて主人公にこの曲を教えてくれるので、このタイミングで今まで聞いていたBGMが「サリアの歌」だったと分かります。
聞き慣れた曲がストーリーの進行よって別の意味をもって聞こえるようになるので、ゲームでのBGMの印象が一段と特別なものになります。
これと似た演出に『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』のパンプキンバーのBGMがあります。サブイベントを進めてバーのBGMにも聞き慣れた頃、ミニゲームで物語世界の音楽として看板娘パナンの歌を聞くことになるのですが、この歌がバーのBGMのアレンジになっていることに気付きます。すると次にバーのBGMを聞くときには逆に看板娘の歌(のアレンジ)として聞こえるようになるという仕掛けです。
3. 2種類から3種類の分類法へ
3-1. 物語世界の音と映像の切り離せない関係
物語世界の音楽はそこで鳴っているはずの音だからという理由だけで付けるのではなく、世界観を演出したり映像に合わせてドラマチックな効果を作り出すこともできます。ここからは、物語世界の音楽がもつ性質を利用した演出について見ていきたいと思います。『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』から2つの場面を紹介します。
1例目は音楽だけ先に聞こえてくるのですが、狭い路地で先が見えず音の正体(音源)が分かりません。路地を抜けると手回し蓄音機をもった人物グル・グルさんが見えるので、ここで音の正体が判明します。話しかけるとアニメーションに合わせてコミカルに音楽が流れたり止まったりするのも、物語世界の音楽であることを印象付けています。
2例目のボートクルーズでは、ボートが進むのに合わせてBGMの聞こえる方向が前から後ろへと変化します。ところが音の正体はハッキリと描写されていません。このことが、スピーカーが見えないように隠されているというテーマパークのアトラクションとしての世界観を演出しています。ムジュラの仮面では立体音響技術(ドルビーサラウンド)が初めて導入されたこともあり、特定の位置から聞こえてくる鳴らし方が他にもショップやミニゲーム屋、バーなど様々な場所で使われています [Nintendo 2002]。
ある音が物語世界か非物語世界か?は意外にもあいまいです。ゲーム画面に音の正体が映っていればすぐに物語世界の音だと分かりますが、音の正体が無いからといって非物語世界の音とは限らず、画面に映らないところで鳴っている物語世界の音の可能性があるのです。
3-2. 映像における3種類の音の分類法
フランスの作曲家・映画理論家のミシェル・シオンは、これまで画面に映る・映らないという曖昧な区別が多かった映画の音に対して3種類の分類を提唱しました。音の正体がスクリーンに映っているフレーム内の音(インの音)に対して、スクリーンに映っていないが同じ時間・空間で鳴っているフレーム外の音、そして時間や空間を飛び越えて鳴る非物語世界の音(オフの音)を区別しました。[Chion 1985]
現実世界では基本的にフレーム(視界)の内か外かの2つの区別しかありませんが、映画やゲームでは非物語世界と合わせて3種類の音があることになります。映像に対してどう音が鳴るかが適切にコントロールされていないと、プレイヤーが音の種類を勘違いしてしまう可能性もあります。
例えば登場人物の回想あるいは心の中の声は、声を発する人物が映像に登場しているために実際に喋っている声?であると誤解しやすいものです。そこで一般的にはリバーブやディレイといった残響音を深くかけることで非現実的な音に仕立て、フレーム外の見えない部分で鳴っている可能性を潰して非物語世界の音であることを強調します。
3-3. フレーム内の音とフレーム外の音
フレーム内とフレーム外の2種類の音を活用した演出を見てみたいと思います。『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』の迷いの森では、先ほど紹介した『時のオカリナ』の迷いの森で「音のする方向を探索する」という演出を受け継ぎつつもさらに発展させています。こうした演出は同じく任天堂の『スーパーマリオサンシャイン』で敵キャラ「ニセマリオ」を追いかけるイベントなどでも見ることができます。[石田 2007]
ラッパをもったキャラクター「スタルキッド」をラッパの音を頼りに追いかけていきます。初めは分かりやすい場所にいますが、追いかけるうちに画面を少し見ただけでは分からない位置に隠れるようになります。そこでラッパの音がフレーム外からフレーム内に変化するように、プレイヤーが音の方向を頼りに移動をしながら周りを見渡し探索することになります。自分で視点(カメラ)を移動させることができるゲームならではの演出です。
『ゼルダの伝説 風のタクト』でもよく似た演出として、楽器をもつ2人の賢者メドリとマコレを音のする方向を頼りに探すというイベントがありました。
4. 3種類の音と3つの境界
4-1. BGMが物語世界の音楽に変化する
最後に、フレーム内・フレーム外・非物語世界の3種類の音の違いはあいまいで勘違いしやすい事を逆手に取った音楽演出を紹介して終わりたいと思います。(ここからは『時のオカリナ』のラスボスに関するネタバレを含みます!)
『時のオカリナ』のガノン城ではパイプオルガンのBGMが小さく聞こえてくるのですが、上の階に進むほどハッキリと聞こえるようになってきます。最後の扉を開けた瞬間、BGMがひときわハッキリと聞こえるようになると、宿敵ガノンドロフがパイプオルガンを弾いている姿が映し出されます。
このタイミングで、今まで非物語世界の音楽だと思って聞いていたBGMが物語世界の音楽に変わってしまうという仕掛けです。物語世界と非物語世界の音はまったく異なる性質のものですが、このように途中で入れ替えてしまうこともできてドラマチックな効果を作り出すことができます。
4-2. 3区分の輪(tricercle)で考える音のトリック
こうした音の効果をミシェル・シオンは3分割された円に図示して説明しました。これは3種類の音のあいだに3つの境界線が存在することを表したものです。境界線が明確化されてどの種類の音なのか固定化される場合もあれば、映像と音の関係によって作り出されるトリックによって音が境界線を飛び越えることもあり、これが映画作家独特の時間や空間の表現を生み出すことにも繋がります。
改めて先ほどの例を見てみます。後になって振り返れば「フレーム外」→「フレーム内」という境界線 (1) の変化であり、どちらも物語世界の音であることに変わりないはずです。しかし映像作品として視聴者の視点を考えれば全く異なる解釈になります。城の最上階にたどり着くまであたかも通常のBGMのように流れ続けるため、「物語世界のフレーム外の音」のはずが「非物語世界の音」にしか聞こえず、結果として境界線 (2) の変化が発生します。どちらも視覚化されず音だけが聞こえる性質が共通する境界線 (3) をぼかすことによるトリックと言えます。
このガノン城の音楽演出は『トワイライトプリンセス』のガノンドロフに占拠されたハイラル城にも受け継がれています。下の階では『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』のハイラル城のテーマメロディーとともに時のオカリナのガノン城のテーマが伴奏として鳴っていて、上の階に進むにつれてガノンドロフの存在を暗示するように段々とハイラル城のテーマが小さくなる一方で、ガノン城のテーマがより大編成の豪華なアレンジになります。
おわりに
ゼルダの伝説シリーズの多くが音楽を作品のテーマの一部にしているということもあり、本当にたくさんの音にまつわる仕掛けが用意されています。作品を超えてシリーズ全体で共有されている音の仕掛けも多く、最新作の『ブレスオブザワイルド』では全曲の4分の1程に昔のゼルダシリーズの作品のメロディーを使っていることが明らかにされています [Nintendo 2017]。
どんな音楽が鳴っているかはもちろん、どの場所でどのように鳴っているかというのもゲームの中で重要な意味をもつために綿密に工夫されるポイントです。1度クリアした後でも、音に耳を澄ませながら2週目をプレイしてみると新たな発見があって面白いかもしれません。