映画やアニメなどの映像作品からゲームに至るまで当たり前のようにBGMが付いています。しかしよく考えてみると、映像の中の世界では音楽が流れていないはずなのにBGMが付けられていたりと不思議なことが起きています。
登場人物が楽器を弾いたりするシーン、あるいはTVやラジオが映っているシーンでは物語の中に音源 (source) があるので音楽を付けるのはごく自然です。このように映像の中の登場人物にも聞こえている音楽は物語世界の音楽 (Diegetic music) やソースミュージック (Source music) と呼ばれます。
反対に物語の中では鳴っていないはずなのに作品を観る私たちだけが聞くBGMもよく作品に加えられます。こちらは非物語世界の音楽 (Non-diegetic music) やアンダースコア (Underscore) と呼ばれます。アンダースコアは下線という意味ですが、スコアは楽譜から転じて映像音楽を意味することがあり、文章に下線を引いて強調するように映像の背景に音楽を付ける意味で使われます。応用として2つの性質を同時にもつソース・スコアリング (Source scoring) という技法もあります。[Kassabian 2000]
非物語世界の音楽
映像と音をセットで再生する映画の技術が1920年代頃に確立されてから、効果音や音楽をどのように付けるか試行錯誤されてきました。それまでのオペラやミュージカルのように積極的に音楽を付ける映画もありました。一方で当時の人々にとって映像は最新技術であり現実世界のようにリアルに感じられたので、音楽を減らして現実世界に忠実に音を付ける試みもありました。
その後の流れを決めたのがハリウッド映画を代表する作曲家マックス・スタイナー (Max Steiner) です、1930年代、マックス・スタイナーは現実なら音楽が鳴っていないはずのシーンも含めて、作品演出のための音楽を作曲して成功を収めました [MacDonald 1998]。それ以降、映画でもこの「”非”物語世界の音楽」が広く使われるようになります。
確かに現実世界では鳴っていないはずの音楽ですが小説の場合を考えるとどうでしょうか。小説では登場人物のセリフ以外に必ず情景や心情の描写が加えられます。映像音楽にはこうした小説のセリフ以外の部分を描写する役割もあると考えることができます。
- 時空間の設定
- ドラマの感情背景の表現
- シークエンスの確立
- 映像的特性効果によるフォトジェニー
作曲家として活躍して多くの映画音楽も手掛けた伊福部昭は、映画音楽の効用をヒンデミットやレオニード・サバネーエフ、ジョルジュ・オーリックらの議論をもとにして「時空間の設定」「ドラマの感情背景の表現」「シークエンスの確立」「映像的特性効果によるフォトジェニー」の4つに分類しました [小林 1998][石丸 2009]。ここではこの4分類に従って映画音楽、アニメの劇中伴奏=劇伴、ゲーム音楽の例を実際に見ながら考えていきたいと思います。
目次
1. 時空間の設定
1-1. 時空間の設定 ―『ハリーポッター』を例に―
1つ目は特定の地域や時代と結び付く楽器や音楽スタイルによって、時代や世界観を設定する音楽です。例えば中世ヨーロッパを舞台にした作品でヨーロッパの教会音楽や世俗音楽が流れたり、南国風のゲームステージではウクレレやスチールパンといった楽器が好んで使われるといった具合です。
『ハリーポッター』シリーズのメインテーマ「ヘドウィグのテーマ」は世界的に有名になり、曲を聞いただけでも魔法の世界をイメージするという人も少なくないと思います。西洋ファンタジー的な世界観を表現するクラシック音楽の楽器と、ミステリアスな雰囲気を出すチェレスタの音色、そして怪しげな音階や和音の使い方が特徴的です。
こうしたテーマ曲や曲中のフレーズは、その作品らしさを印象付けるために何度も繰り返し使われます。短いメロディーやハーモニー、リズムをキャラクターやイベントと結びつけたり、またアレンジをすることでそこで起こる変化を暗喩する手法 はライトモチーフ (Leitmotif) と呼ばれます。19世紀に作曲家ワーグナーがオペラ作品に効果的に使ったことで確立され [Gustavo 2004]、それ以降は映画音楽からゲーム音楽まで幅広く使われています。
映画『ハリーポッター』でもヘドウィグのテーマのモチーフが至るところで使われています。冒頭の赤ん坊が登場する場面で流れる音楽「The Arrival of Baby Harry」でも途中からテーマ曲のアレンジが入っていて(試聴の21秒~)、赤ん坊が実はハリーであることを暗示しています。
1-2. 時空間の設定 ―『この世界の片隅に』を例に―
このように物語の舞台を印象付けるために特定の楽器や音楽スタイルが使われることがあります。一方で必ずしも実際の時代や場所に合った音楽だけが使われるわけでもありません。
2016年公開のアニメーション映画『この世界の片隅に』では戦前の日本という舞台設定に対して、昭和レトロを感じさせるような曲ではなく、ピアノや弦・木管楽器など西洋のクラシック音楽の楽器を使った古さを感じさせない曲が付けられています。この作品では時代の違いはそれほど重要ではなく、現代とそれほど変わらない当時の人々の心の感覚のようなものに主題があるためにこのような音楽が付いていると考えることができるかもしれません。
2. 感情背景の表現
2-1. 感情背景の表現 ―同質性と非同質性―
「感情の表現」ではなく「感情背景の表現」というのが重要なポイントです。映像では表現しきれない感情の微妙なニュアンスや登場人物の内面を音楽で暗喩することができます。
例えば泣いているシーンに明るい音楽が付くと「嬉しくて泣いている」ことを素早く伝えられたり、悪役に対して少し切ない音楽が付くと「本当はいい人なのかも?」といった登場人物の違った側面を想像させることもできます。前者はインタープンクト(同質性)、後者がコントラプンクト(非同質性)です。非同質性のことは、2つのパートを独立して動かす音楽理論の用語になぞらえて「対位法」とも呼ばれます。[石丸 2009]
アニメーション映画『千と千尋の神隠し』で「海原電鉄」に乗る印象的なシーンで流れるのが久石譲の「6番目の駅」です。電車が海の上を走るという映像としては幻想的で美しいシーンですが、音楽には幻想的な雰囲気に加えてどこか物悲しく重苦しい雰囲気もあります。主人公である千尋の「ハクを助ける」という決意の後でやってくる「本当にできるんだろうか」という不安を印象付ける曲です。
一口に「不安」と言っても、登場人物にどんな背景があるかによって表現する内容も変わってきます。先ほどは決意からくる「不安」といった少し力強さも感じさせる曲でしたが、こちらは迷いや心細さからくる「不安」を表す曲です。
水の都ベネチアをモチーフにした街が舞台のアニメ『ARIA』シリーズでは作品を通して美しく映像が描かれています。この映像の美しさを強調することに加えて、登場人物の悩みや不安といったネガティブな感情、映像だけでは少しポジティブ寄りに傾いてしまう部分を音楽が上手く補っています。
音楽を映像に合わせるとは?
よく「音楽を映像に合わせる」という言い方がされます。しかし、例えば悲しいシーンに単純に悲しいだけのBGMを付けても同じ事を2回繰り返すようなもので、場合によっては退屈で余計に感じられるかもしれません。
実際には映像の見た目に合わせているのではなく、「映像に表れない物語や心情の機微」や「作者・監督の世界観や演出意図」に合わせていると言った方が正確です。そのため映像の見かけにわざと合わせない音楽(非同質性)や、視聴者の想像に委ねたりネタバレを避けたりするための曖昧な音楽も必要とされます。
加えて映像と音をしつこくシンクロさせることはミッキーマウジング (Mickey mousing) と呼ばれ、コミカルな印象になるのでそうした意図が無ければ避けられます [Muns 2020]。むしろ映像音楽の対位法という用語のように、映像と音楽で異なる表現が合わさることで作品に深みが出てきます。ときには映像と異なる雰囲気のBGMを付けたり、音楽のタイミングを映像に対して先行させて予感を表現したり、遅らせて強調の効果を狙うのもよくあることです。
2-2. 感情背景の表現 ―ライトモチーフによる表現―
ライトモチーフは登場人物の心情を描写する手段としてもよく使われます。作曲家の大島ミチルさんが音楽を担当したTVアニメ『リトルウィッチアカデミア』の例を見てみます。ルーナノヴァ魔法学校で学ぶ主人公の成長を描く作品です。作品を通して流れる重要なテーマ曲「シャリオのテーマ」では冒頭で繰り返しモチーフが提示されます(試聴では4~28秒の部分)。
主人公アッコは魔女シャリオに憧れて立派な魔女を目指します。そしてこのシャリオのモチーフは主人公アッコの心の変化や成長に関わる重要な場面で何回も登場します。「不安と決意」の冒頭ではモチーフのうち最初の4音だけが不完全な形で2回繰り返されて、その後は別のメロディーに移ります。この曲の後半では短調から長調に変化するとともにモチーフが1フレーズ完全な形で登場することで、「不安」から「決意」へと心が変化する様子を表現しています。
ライトモチーフはキャラクターやイベントに関連させて繰り返すことで印象を強めるだけでなく、ストーリーと連動してモチーフを変化させることでキャラクターの複雑な感情の移り変わりを暗喩したりと、作品全体に深みをもたらすための演出の手段として使うことができます。
3. 場面の確立
3-1. 場面の確立 ―映像作品の場合―
映像作品ではカメラが撮影をスタートしてストップするまでの一連の映像「カット」が集まって意味のある映像のまとまり「シーン」が出来ます。カットが切り貼りされる映像の特性を逆手にとって、シーン全体に特定の意味をもたせるのが映像作品の基本的な手法でありモンタージュ (montage) と呼ばれます。
しかし、カットとカットのあいだでは現実世界では起きない突然の空間や時間のジャンプが発生します。カットが次から次へと切り替わっていくと、視聴者の理解が置き去りになることもあり得ます。こうした映像の急激な変化を和らげてひとつのシーンとしてまとまりを持たせるためにひと続きの音楽が付けられます。
BGMが始まったり終わったりするタイミングでは、小説でいう段落や章のような区切りが自然と作られるので理解や記憶がしやすくなります。また、音楽を付けるタイミングによって映像の中で強調される部分も変わるので、映像の印象や意味も変わることがあります [吉松 2009]。
ここではアニメ『ひだまりスケッチ』のサウンドトラックから「ドタバタ」という、名前の通りドタバタしたシーンに使われる曲を紹介します。いわゆる日常系の作品では映像にあまり大きな変化が起こらないので、こうした◯◯シーンの音楽でメリハリを付けることが多いように思います。
主人公でなくても重要なキャラクターがメインになるシーンではそのキャラクターのテーマ曲、あるいはライトモチーフが付くことがよくあります。初めて登場するキャラクターの性格を視聴者に印象付けたり、今度はキャラクターのテーマを流すことで視聴者の意識をそのキャラクターに向けさせる役割をもつこともあります。
映画『スターウォーズ』では少しやりすぎ?なくらいキャラクター別にテーマ曲が与えられています。中でも「帝国のマーチ(ダース・ベイダーのテーマ)」は、日本でも栗コーダーカルテットによってウクレレ&笛のアレンジでカバーされたりと、視聴者の記憶に強く残る曲だったようです。
3-2. 場面の確立 ―ゲーム音楽の場合―
ゲームではプレイヤーがストレスなく集中して遊べるように、場面や状況の変化を音楽でいち早くプレイヤーに伝えるという役割をもつことがあります [Phillips 2015]。場面を表す音楽といえば、コースやキャラクターの選択画面やチュートリアルで流れる音楽はたいてい軽快なものになっていて、プレイヤーの不安を取り除いてゲームの進行を促しています。
状況の変化を伝えるというのは、フィールドを冒険していると突然モンスターが現れて戦闘シーンに切り替わるといった場合や、主人公のヒットポイントが減ったり制限時間が残りわずかになったときに音楽が変化するといった具合です。
『ノーラと刻の工房 霧の森の魔女』から通常戦闘曲の「たたかいの刻」です。民族調の曲はこのゲームのファンタジーな世界観にもぴったりで「時空間の設定」という役割も兼ねつつ、ゲーム中で何回も繰り返される戦闘を退屈なものにしないように、爽やかでリズミカルな曲調が戦闘シーンを盛り上げます。
もうひとつ戦闘曲として『GRAVITY DAZE』から通常戦闘&チャレンジミッションで流れるこの曲を紹介します。チャレンジミッションでは制限時間もあり、プレイヤーを鼓舞する爽やかなタイプの戦闘曲とは違って緊張感の中でプレイヤーの闘志を燃え上がらせるような熱い戦闘曲になっています。
RPGの音楽の特徴
RPGでは町やフィールドといったステージや、戦闘やイベントといった状況に対して付く音楽が多くを占めていて、例えば砂漠のステージで中東の音楽が流れたりと時空間を設定する役割を同時にもつこともよくあります。ところがこうした音楽はゲームの進行に関係なく序盤から終盤まで流れることが多いので、主人公の心情の変化を表現するのには向きません。
ただし進行順がある程度決まっている場合には感情の変化を織り込んだ曲が付くこともあります。『ポケモン』シリーズではどの作品も「1ばんどうろ」のように初めに訪れるフィールドでチュートリアルで流れるような軽快な曲になっています。一方で『ポケモン BW』の「10ばんどうろ」のように物語の終盤で訪れるフィールドでは、これまでの冒険や目前に迫るラストバトルを思い起こさせるようなドラマチックな音楽が付いています。
4. 映像体験の強調
4-1. 映像体験の強調 ―映像音楽の「転調」―
4番目は「映像的特性効果によるフォトジェニー」です。難解な表現ですが今で言う「フォトジェニック」や「映(ば)え」に繋がる概念です。ここでは映像の美しさや面白さを強調したり、物語の中の主人公やゲームプレイヤーの体験を強調するための音楽と言い換えることにします。
通常ひとつの曲の中で雰囲気が頻繁に変わることは避けられます。曲の性格が途中で変化すると、急に視聴者の意識が引っ張られて映像の捉え方も変わってしまい、シーンというまとまりを壊していまいます。しかしこの時ばかりは映像に合わせて曲もダイナミックに変化していきます。
スタジオジブリ『魔女の宅急便』から「海の見える街」を取り上げたいと思います。この曲は主人公キキが魔女の修行のために旅立って、新しく住むことになる街を見つけたところから流れ始めます。曲の冒頭は海沿いにある街の美しさを思わせる落ち着いた曲調ですが、街の中に入ったところから音楽も一転して明るくなり、ほうきで空を飛ぶ様子に合わせて軽快なリズムの曲になります。
劇伴音楽で転調はNG?
このように映像音楽の途中で雰囲気を大きく変化させることは映像音楽の用語で「転調」とも呼ばれます [高野 2016]。音楽用語としての調=キーを変える転調の意味ではなく、曲の調子=雰囲気が変わるという意味で使われる言葉です。
たまに劇伴音楽で転調はNG(?)と耳にしますが少し誤解があるようです。これは「劇伴の途中で雰囲気を変えてはいけない」という意味で、あまり雰囲気が変わらない自然なキー変更なら問題ありません。もちろん今見たように映像音楽の転調や音楽用語の転調が効果的な時もあります。
「BGMは目立つべきでない」は本当?
映像作品では映像がメインであり、BGM=バックグラウンド・ミュージックなのだから音楽は目立ってはいけない(?)と言われることがあります。これが部分的に間違っていることは今取り上げたばかりの『魔女の宅急便』の例からも分かりますが、もう少し詳しく考えてみます。
耳にする言葉があるのを念のため付記しておきたいと思う。それは、映画の効果音楽は決して耳につくようなものであってはならない。それは綜合を被るものであるという見解である。(中略)
綜合と言っても同時的綜合と、時間経過を計算に入れた綜合とがあるはずであって、ある場面はカメラの魅力、またある場合は演技の力、そしてある時は効果音楽が主位を占めることがあっても、これは綜合を破っているとの口実とはならない。(※旧字・旧仮名遣い改)
このような話は昔から繰り返されていて既に伊福部昭が答えを出しています。映像とは時間芸術なので、映像が目立つ時↔音楽が目立つ時と交替しながら映像と音楽が巧みに組み合わされば良いのです。そして意図的に音楽を目立たせる分かりやすい例がこの「映像的特性効果によるフォトジェニー」です。
4-2. 映像体験の強調 ―フィルムスコアリング―
映像に合わせて曲調が次々と変化する例は、TVアニメ『きんいろモザイク』シリーズの第1話の前半にも見られます。このケースでは制作途中のアニメーションを作曲家が確認しながら同時進行で制作されました [川田 2013]。物語の進行するタイミングに合わせて音楽的にもアクセントが付くことで、登場人物の心の動きや感動の瞬間が視聴者にもダイレクトに伝わります。
まとまった制作時間を確保できる映画では、仕上がった映像に合わせて作曲をするフィルムスコアリングの部分が多くを占めます。しかし撮影と編集が一通り終わるのを待った上で、さらに作曲や演奏収録の時間を確保しなければいけません。そこで連続シリーズのドラマ/アニメ劇伴ではあらかじめ様々なシーンを想定して作曲して、後から選曲と編集によって合わせる溜め録り方式が一般的です。
もちろん映画でも部分的には既存曲から選曲したり、アニメでも重要な部分はスコアリングになったりします。ただしアニメの場合は1コマ1コマ描く前の、動きの大枠を作った段階で音楽と合わせられるので「映像と音楽の同時進行」と言った方が良いかもしれません。
なんとなく「完成した映像に後から音楽を付ける方が良いに決まってる」と思ってしまいます。しかし実際にはどちらもメリット・デメリットがあります。ハリウッドを中心とする海外の映画業界ではフィルムスコアリングの弊害も見られます。
スコアリングの欠点
海外の映画でも全編オリジナルのフィルムスコアは珍しく、既存のクラシック曲や歌ものポップスからの選曲も併用します。既存の有名曲による演出効果もありますが、音楽制作のための時間が映像の仕上がりから公開までの短い期間に詰め込まれてしまう問題も背景にあります。
加えて、映像の制作開始から完成するまでずっと音楽がない状態なのでテンプトラック (temp track) と呼ばれる仮の既製品BGMを付けるようになりました。するとテンプトラックに慣れきった後に違う音楽を付けても違和感が出るので、テンプトラックに似せた曲(=どこかで聞いたような曲)をオーダーする傾向が強まりました。[弓山 2021]
予定調和な楽曲が、大量生産されているとは思います。(中略)
「テンプトラック」という既成の音楽を映像につけて会議を進行させます。それは映像に予め音楽をつけて完成を予想できるためのガイドラインにはなるのですが、それに似た曲を作曲家が再現しなければならない依頼が増えているのです。
溜め録りの利点
そもそも1シーンの中で何度も曲調を変えたりしつこくシンクロさせることは特別な意図が無ければ避けられます。ミッキーマウジングと言われるようにコミカルな印象に繋がるからです。1〜2ポイントでタイミングを合わせるなら編集の工夫で充分に対応できます。
TV番組を見ていても、元の曲を知らなければ切り貼りに気付けないのでは?というレベルで、映像のタイミングに合わせて違和感なくBGMが編集されています。一例ですが『ゆるキャン△』1期の劇伴は、監督と作曲家が連携して原作の重要シーンをあらかじめ想定して作曲したこともあり、溜め録り方式でもBGMが映像のクライマックスと綺麗にシンクロする編集を見ることができます。
このように溜め録り方式では映像の制作開始より前から時間を有効活用して、既存曲を使わず全曲オリジナルで作品の個性に合わせた音楽を制作しやすい利点があります。
5. ゲーム体験の強調
5-1. ゲーム体験の強調 ―縦のインタラクティブ・ミュージック―
ゲームでは同じ場面でもプレイヤーの操作やゲームの状況によってリアルタイムに映像が変化します。そこで考えられる変化に対してあらかじめ音楽のバリエーションを作っておいて、ゲーム中ではプログラムにより音楽の流し方を制御することが行われています。こうした技術は一般にインタラクティブ・ミュージック (Interactive music) あるいはアダプティブ・ミュージック (Adaptive music) と呼ばれています。
『スーパーマリオ』シリーズの多くの作品ではヨッシーに乗ると流れている音楽にパーカッションのパートが加わります。音楽は継ぎ目なく流れ続けるものの、楽器やアレンジの異なるトラックのオン・オフの切り替えて音楽に変化を与える手法はバーティカル・レイヤリング (Vertical layering) と呼ばれます。[Phillips 2014]
Yoshi’s Halcyon Music | Game Score Fanfare
マリオからヨッシーへと操作するキャラクターが変わると操作感や難易度も変わるのですが、両者にまったく違う音楽を付けてしまうと同じステージで何度もせわしなく音楽が切り替わってしまいます。打楽器パートを足すことでこの問題を避けつつ音楽にうまく変化を付けられるという仕組みです。
5-2. ゲーム体験の強調 ―横のインタラクティブ・ミュージック―
これと対照的な手法でホリゾンタル・リシーケンシング (Horizontal re-sequencing) があります。先ほどは楽譜で言う縦(パート)方向を変化させるのに対して、こちらは曲を時間で区切って繰り返し回数や進行順を変化させるという、楽譜の横(時間)方向を変化させる手法です。[Phillips 2014]
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』では何度も訪れることになるハイラル平原に対して8小節の音楽パターンが12種類用意されていて、これをランダムに繋げることで毎回少しずつ違った音楽が流れてプレイヤーを飽きさせないようになっています [石田 2007]。どの順番で繋げても違和感のない音楽パーツを用意してあるのがポイントです。ランダムの他に、ゲーム内の状況の変化や進行に合わせて繋げることもよく行われます。
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『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』のハイラル平原ではこうした手法をさらに発展させています。立ち止まって探索をしているとメロディーなしの伴奏バージョン、徒歩で移動をしていると木管楽器のメロディーが流れて、馬に乗るとメロディーが金管楽器になってティンパニが加わります。
さらには馬に乗る&スピードが出ているときにのみ限定の高揚感のある音楽パターン(試聴の0:47~1:14)まで用意されているという力の入れ具合です。また敵が近くにいるときにはこの曲とリズム・テンポが合わせられた戦闘用の音楽パターンに切り替わるようになっています。
このように探索中か移動中、または戦闘中かで大きく異なるプレイヤーの心理状態や映像のスピード感に合わせて音楽が変化するようになっています。ここでの音楽パターンはゲーム内の状況が変化した瞬間ではなくその後の音楽上の小節の区切りで切り替わるようになっていて、音楽的に自然に繋がるように工夫されているのもポイントです。
おわりに
登場人物には聞こえないはずの「非物語世界の音楽」について、その役割による4分類ごとの例を見てきました。映画音楽やアニメ劇伴、ゲーム音楽で共通した音楽の使われ方もあれば、映像作品とゲームそれぞれでしかできない音楽の流し方のように、独自の発展をとげている部分もありました。
こうした映像やゲームの音楽はその役割からだけではなく、他の視点からも分類や分析をすることができます。こちらの記事ではゲーム『ゼルダの伝説』シリーズの3D作品を例に映像と音の空間的な位置関係に注目した分類法を紹介しています。
参考文献
- [Kassabian 2000] Anahid Kassabian (2000): Hearing Film: Tracking Identifications in Contemporary Hollywood Film Music. New York: Routledge. pp.45.
- [MacDonald 1998] Laurence E. MacDonald (1998): The Invisible Art of Film Music: A Comprehensive History. Scarecrow Press: pp.24-25.
- [小林 1998] 小林 淳, 井上 誠 共編 (1998):『伊福部昭の映画音楽』, ワイズ出版.
- [石丸 2009] 石丸 基司 (2009): “作曲 雑感”, 『伊福部昭公式』. (https://www.akira-ifukube.jp/オリジナルエッセイ/作曲-雑感①/)
- [Muns 2020] Lodewijk Muns (2020): “The fine art of mickey-mousing — Notes on Music and Film (3)”, Lodewijk Muns – musicologist & musician. (https://lodewijkmuns.nl/music/music-and-film/mickey-mousing/)
- [Gustavo 2004] Gustavo Costantini (2004): “Leitmotif revisited”, Filmwaves, Vol. 23. (http://filmsound.org/gustavo/leitmotif-revisted.htm)
- [吉松 2009] 吉松 隆 (2009): “映画音楽の作り方”, 『月刊クラシック音楽探偵事務所』. (http://yoshim.cocolog-nifty.com/office/2009/11/post-b3e7.html)
- [高野 2016] 高野 裕也 (2016): “映像音楽における「転調」は、ポップスの「転調」とどう違う? 人気アニメ『Free!』などを例に解説”, Real Sound. (https://realsound.jp/2016/04/post-7061.html)
- [弓山 2021] 弓山なおみ (2021): “映画音楽の制作を紐解く。ハリウッドと日本の2拠点で活躍する作曲家・戸田信子さんにインタビュー”, Webマガジン「ONTOMO」(https://ameblo.jp/kenokun/entry-11463344790.html)
- [Phillips 2014] Winifred Phillips (2014): A composer’s guide to game music. 宮崎 空 訳 (2015):『ゲームサウンド制作ガイド:インタラクティブな音楽のための作曲技法』, オライリー・ジャパン.
- [伊福部昭公式 2009] 伊福部昭公式 (2009): “映画音楽の出来るまで”, 『伊福部昭公式』. (https://www.akira-ifukube.jp/伊福部昭を読む/映画音樂の出来るまで/)
- [川田 2013] 川田 瑠夏 (2013): “きんいろモザイクサウンドブック (とごあいさつ)”, 時間と音と心のうつろひ by rukasound. (https://rukasound.exblog.jp/20881465/)
- [石田 2007] 石田 賀津男 (2007): “任天堂の近藤浩治氏、「マリオ」、「ゼルダ」のサウンドを語るインタラクティブなゲーム音楽を作る多彩な手法”, 『GAME Watch』. (http://game.watch.impress.co.jp/docs/20070308/kondo.htm)