劇伴・ゲーム音楽の役割と環境音楽による演出 ―BGMと映像のバランスをどう取る?―

劇伴・ゲーム音楽の役割とアンビエント音楽による演出

映画・ドラマ・アニメ・ゲームにいたるまで、音楽は作品を印象付ける手段として、またストーリーや登場キャラクターの心情の隠喩といった演出の手段として今では欠かせないものになっています。一方でそれとは真逆の、何か特定の心情を意図的に表現しないようにしたあいまいな雰囲気のBGMもまた必要とされます。

最近のリアリティーを重視した作品でよく見かける環境音を引き立たせるための、このアンビエント音楽にも似た性質のBGMについて、アニメ映画『言の葉の庭』やゲーム『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』を例に詳しく見ていきたいと思います。

また、こうした最近のBGMの流行スタイルを映画音楽の歴史を簡単に振り返りながら捉え直すことで、「環境BGMの使い所」や「映像と音楽のバランス」についても考えていきます。

目次

  1. 初期の映画音楽の歴史とBGMの役割
    1. サイレント映画でも音楽が必要だった理由
    2. トーキー時代:音楽不要派とオペラ派
  2. ハリウッド黄金期以降の映画音楽
    1. リアルな音が映画に合わなかったのはなぜ?
    2. ハリウッド黄金期と今に続く映画音楽スタイルの確立
  3. 環境音楽の利用
    1. アンビエント・ミュージックとは?
    2. アニメ映画「言の葉の庭」を例に
    3. ゲーム「ゼルダの伝説 BotW」を例に
    4. オープンワールド型ゲームのBGM問題
      コラム: BGMを減らす・無くすとどうなる?
      コラム:「映像の情報量が増えたので音楽を減らすべき」は本当?
  4. 映像と音楽のバランス
    1. 立体音響技術が生んだ新しい映画音楽の流行
    2. 良いBGMとは? スタイナーに学ぶ映像音楽の作曲法
  5. 参考文献

1. 初期の映画音楽の歴史とBGMの役割

1-1. サイレント映画でも音楽が必要だった理由

映画の映写機
by Noom Peerapong, Unsplash

音を映像に同期させて再生する技術がまだ存在しなかった最初期の映画は、音声トラックのないサイレント映画 (Silent film) でした。代わりにその場で弁士がナレーションを付けたり、楽士が独自に音楽を演奏したり効果音を鳴らしたりしていました。

音楽には演出のほかに実用的な面でも大きな役割がありました。ひとつは緊張感や恐怖感に繋がる無音状態を和らげて安心して作品を楽しんでもらう役割です。騒音はストレスに繋がりますが、無音もストレスを感じさせ次第に注意力や思考力の低下をもたらすことが、心理学における「感覚遮断」研究などで知られています。

これは日常生活でも実感があるかと思います。例えば暗闇の中にいて音も無く静まり返っていると次第に不安・恐怖感が強くなる一方で、誰かと話したり音楽を流すとほっと安心できたり、他にはにぎやかな教室で急に会話が途切れて沈黙が続くと気まずく感じたり…といった具合です。

だからこそ劇場の暗く狭く閉じられた空間で音楽が流れることによる安心感には非常に大きなものがあります。この効果を逆手に取ってわざと無音にして緊張感や恐怖感を煽るのがホラー映画です。

1930–Music for the silent newsreels–outtakes | Moving Image Research Collections
サイレント映画ピアニストによるシーンに合わせたピアノ演奏実演

加えて、当時の人々にとっての最新技術である「映像」は例えるなら今の3D・VR映像のようなもので、車がこちらに向かって来れば思わず体が身構えてしまうような不気味なリアルさがありました。「現実ではなくエンタメ」であることを音楽で強調することで、安心して作品を楽しんでもらう必要もありました。

ほかには没入や集中を途切れさせてしまう周囲の気になる雑音を音楽で覆い隠す役割もありました。当時はまだ動作音が大きかったプロジェクターの雑音への対策にもなりました [Kalinak 2001]。音楽を付けることで観ている人の集中を切らさず気が散らないようにするのは、静かな視聴環境が整いにくい家庭向けのTV番組やゲームで多く必要とされ、他にもカフェやテーマパークなど様々な場面でも応用されています。


1-2. トーキー時代:音楽不要派とオペラ派

音声トラックを付けることが可能になった映画はトーキング・ピクチャー、縮めてトーキー (Talkie) と呼ばれました。サイレント映画では劇場によって付けられるナレーションも音楽もバラバラでしたが、全国どの劇場でも同じ声、同じ音楽が再生されるようになり「オリジナル・サウンドトラック」が生まれます。

撮影と同時に録音することは一般的になり、この新しい技術を追求して映像そのままのリアルな音を目指す映画が生まれた一方で、従来のオペラや劇作品のように全編に渡って音楽を付ける映画とに分かれました。

映画『Farewell』に主人公の隣人として登場するピアニスト
主人公の隣人として登場するピアニスト
映画『Farewell』(1930) より

リアルな音を目指そうとする映画では「これだけリアルな映像が撮れるのだから、現実世界なら鳴っていないはずのBGMは不要だ」と音楽が避けられました。

ところが完全に音楽が無くなることはありませんでした。コンサートやダンスパーティーのシーンを用意したり、歌手や楽器奏者、ラジオを映すという理由をわざわざ作って、BGMの代わりに映画の物語の世界から音楽が聞こえてくるという演出がよく行われました [Chion 1985]。大多数の視聴者が音楽が無いことに耐えられなかったのです。

この両者の流れがどうなったか、結論から言うとリアルな音を目指す試みの方が大きな壁に阻まれてしまいました。カメラのすぐ横にマイクを置けば映像そのままのリアルな音が録れるはずなのですが、ここに大きな落とし穴がありました。

トーキー映画とともに現実の音がスクリーンに加わった時も――それはちょうど、パーティーには欠かせないと思われていた客が遅れてやってきたようなものだが――それなしでも事はうまく運んでいたことに人は気付いた。もっと悪いことに、招かれざる客として迎えられたこのみじめな現実音は、そのうえむだな繰り返しとして非難された。
[Chion 1985]

2. ハリウッド黄金期以降の映画音楽

2-1. リアルな音が映画に合わなかったのはなぜ?

映像そのままのリアルな音が上手く行かなかった要因について、フランスの作曲家・映画理論家のミシェル・シオン(Michel Chion)は次のように述べています。スクリーンの枠」という舞台の制約と、異なるカメラ視点の映像を繋ぎ合わせてストーリーを作る映像作品の基礎「モンタージュ、この2つの映画の約束事とリアリズム的サウンドが矛盾するのです。

  • 「リアリズム」(つまり、現実の忠実かつ完璧な再現)と呼ぶものと、「リアルな効果」(観る者が見せられたものに強く引きつけられること)の間の根本的な不一致にまで遡って考える必要がある。
  • 音の空間的なリアリズムをあまりに推し進めると、フレーム内フレーム外をめぐる物や人物の移動に関して三次元の正確な音の座標が再現し(中略)あまりに具象的であるがゆえに映画の基本的な約束事を再検討せざるを得なくなる。
ばらばらになった空間 [Chion 1985]

スクリーンがあることで逆にその外には想像の余地が広がっていて、スピーカーが正面にあっても脳内で音の方向や距離について補正がかります。また、シーンの途中で視点や距離が異なるカメラに切り替わっても、セリフや効果音の鳴る位置・音量はそのままというのもよくあることです。

もし過度にリアルな配置をすると、音がスピーカーの位置に具体化されて想像の中で広がっていた空間が偏狭なものになったり、カメラ視点の切り替わりで音の存在に矛盾が生じてかえって不自然に感じることがあり得ます。逆にセリフや効果音、音楽が連続的に聞こえることで、異なるカメラ視点の映像をひとつのシーンにまとめ上げることができます。


2-2. ハリウッド黄金期と今に続く映画音楽スタイルの確立

リアルそのままの音では上手く行かないことが分かると、聴感上で自然に聞こえることを基準にしたり、あえてデフォルメされた音を付けたり、映像と音の関係で起こる錯覚のような効果を利用した演出が追求されるようになりました。トーキー映画で避けられる場合もあったBGMも、これまでサイレント映画やオペラで行われてきたように普通に使われるようになりました。この流れを決めたのがマックス・スタイナーです。

映画『キング・コング』
映画『キング・コング』(1933)

1930年代、作曲家のマックス・スタイナー (Max Steiner) は本来は音楽が鳴っていないはずのシーンも含めて、映画全体に渡って音楽を作曲して成功を収め、その後の映画音楽に決定的な影響を与えました [MacDonald 1998]。ちょうどハリウッド黄金期と呼ばれる時代の出来事です。

特に1933年公開の映画『キング・コング (King Kong) 』の音楽はライトモチーフを効果的に用いたことで知られています。ライトモチーフ (Leitmotif) とは、短い音楽フレーズをキャラクターやイベントと結び付け、またアレンジをすることでそこで起こる変化を暗示する手法です。

19世紀頃リヒャルト・ワーグナーがオペラの音楽に導入した技法でした。ただ単に悲しいシーンに悲しい音楽を付けるような発想を超えて、映像を印象付けたりストーリーの進行や登場人物の心情を音楽で暗喩したりと、作品に深みを与える演出の1手段として欠かせないものとなったのは彼の功績の1つです。

3. 環境音楽の利用

3-1. アンビエント・ミュージックとは?

環境音楽とも訳されるアンビエント・ミュージック (Ambient music) は1970年代に作曲家のブライアン・イーノ (Brian Eno) が提唱した音楽です。小節の区切りや拍といったリズムが曖昧で、加えてメロディーやハーモニー(コード進行)もはっきりしないのが特徴です。当時普及し始めていたシンセサイザーによる楽器音や電子音をメインに使ったブライアン・イーノの音楽は、その後のニューエイジ・ミュージックといったジャンルにも大きな影響を与えています。

1/1 - ブライアン・イーノ | Apple Music

1978年のアルバム『Ambient 1: Music for Airports』の1曲目「1/1」です。イーノが初めて「アンビエント・ミュージック」という名前を付けて制作したのがこのアルバムです。イーノはこのアルバムのライナーノーツでアンビエント音楽について次のように語っています。

彼の言葉によればアンビエント音楽は聴き方をひとつに強制するものではなく、意識せずに聞き流すこともでき、かつ注意を向けて聴けば面白いものでないといけないとのことです。また、アンビエント音楽を流すことによって落ち着きを取り戻すことを促したり、深く考えるための余白を作ることも目的としていたようです [Eno 1978]。

Ambient music must be able to accommodate many levels of listening attention without enforcing one in particular; it must be as ignorable as it is interesting.

1: Music for Airports [Eno 1978]

エリック・サティの「家具の音楽」

ブライアン・イーノのアンビエント音楽に似た特徴や思想をもつ音楽は以前からもあり、特にエリック・サティの家具の音楽 (musique d’ameublement) が挙げられることがよくあります。家具のように周囲の環境に溶け込んで音楽に対して集中してもらうことまでは強要しない一方で、気まずい沈黙や気になる生活音を音楽によって和らげて会話が弾むようにという意図をもって作られました。


3-2. アニメ映画『言の葉の庭』を例に

一般に映画では静かで曖昧な雰囲気のアンビエント/環境音楽のようなBGMが多く、ドラマやアニメでは個性のあるハッキリしたBGMが多くなります。いくつか要因が考えられますが、まず静かで集中できる映画館と様々な音が飛び交う自宅のテレビという視聴環境の違いがあります。1~2時間の長さで深く考えさせるテーマのある映画と、30分ほどで起承転結が一周するドラマやアニメというのも大きく異なる点です。

社会問題など簡単に答えが出ない複雑なテーマを扱う作品には明るくも暗くもない曖昧な雰囲気のBGMが必要とされます。一方でアニメは絵や動き自体がデフォルメされた表現によって成り立つ作品なので、デフォルメされた個性的なBGMが合いやすい傾向があります。[高野 2016.2]

一方で最近のアニメ作品の中には、実写映画のような写実的な描き方の作品も見られるようになりました。そうした作品では自然と映像に付けられる効果音・環境音も多くなるため、場合によっては効果音・環境音を邪魔しないように空気感を補う音楽が付けられることがあります。

A Rainy Morning ~Main Title~ - kashiwa daisuke | Apple Music

新海誠監督による『言の葉の庭』(2013) ではBGMが主体になるシーンとは別に、自然の音や生活音などの環境音が主体になることで映像のリアルさ・美しさを強調するようなシーンが出てきます。とりわけ「雨」はこの作品の重要なテーマのひとつにもなっていて、こうした場面のBGMにはピアノだけを使ったシンプルな構成のものが多く、繊細な環境音をかき消さない工夫がされています。[高野 2016.6]


3-3. ゲーム「ゼルダの伝説 BotW」を例に

ゲームの場合、映像の切り替わりやBGMのタイミングはプレイヤーの操作次第で、これは映像作品と大きく異なる部分です。特に最近の流行である広大な世界を自由に探索する「オープンワールド」型ゲームでは、ストーリーの進行順さえも人によってバラバラになります。序盤に訪れるステージは明るく、終盤ステージはシリアスなBGM…のようなセオリーを適用することは難しくなります。

ゼルダの伝説3Dシリーズで昨今のオープンワールド型に初挑戦したのが『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』(2017) でした。開発当初はプレイヤーの行動を誘導しないで自由に探索してもらうためにBGMを減らしたものの、同じ場所にいると音に変化がなくなってしまったり、どこに行っても同じような雰囲気で名所の特別感が薄いという問題が発生しました。そこで導入したのが「環境BGM」と「スポットBGM」の2種類のBGMです [岩泉 2017]。

「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」メイキング映像 その3 オープンエアというコンセプト
official Nintendo YouTube channel

「環境BGM」は探索中に聞こえてくる風や雨、川や海の音といった環境音、虫や動物の鳴き声、敵の音などの効果音を邪魔しないアンビエント音楽に近いタイプの音楽です。あらかじめピアノのフレーズを用意しておき、再生するタイミングをずらしたりフレーズごとにランダムに再生することで、長時間再生され続ける場合のループ感を軽減するように工夫されています。

近年は各ステージが巨大化していたり、ゲーム自体のボリュームも増えて同じステージに留まっている時間も増えました。長時間同じ場所にいても飽きが来ないように昼夜や天候によるBGMのバリエーションを増やしたり、BGMにランダム性を持たせる工夫は今後ますます必要になりそうです。

「スポットBGM」は町や村で流れるような場所ごとの雰囲気をはっきり表す音楽です。環境BGMだけでは失われてしまう場所ごとに特有の雰囲気、名所を訪れた時の特別感を演出する役割があります。フィールドの探索中は自然の音や敵が近づく音など様々な音が聞こえてくる反面、プレイヤーの緊張を強いて集中力を多く必要とします。スポットBGMのように密度のある音楽が流れて緊張を強いる音が隠れることでプレイヤーに安心感を与えるという側面もあります。

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』における環境BGM
多種多様な環境音・効果音が聞こえる『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』のフィールド

3-4. オープンワールド型ゲームのBGM問題

この環境BGMとスポットBGMという仕組みを導入してもなお「どこも同じような雰囲気になってしまう問題」は完全には解決していないように思えます。これはオープンワールド型ゲームBGMの宿命とも言えるものです。

Sridharanらによる実験でクラシック音楽を聴いている最中の脳活動を測定したところ、楽章間で少しのあいだ無音状態になり曲が切り替わるタイミングで脳が大きく活動することが確認されました。ヒトが現実世界の出来事を音が大きく変化する場所で区切って整理・記憶している可能性が指摘されています。[Sridharan+ 2007]

音楽が楽章間でフェードアウト/インするタイミングとその前後の脳活動 [Sridharan+ 2007]
音楽が楽章間でフェードアウト/インするタイミングとその前後の脳活動 [Sridharan+ 2007]

従来のゲームならフィールドも細かくステージに分かれていて、序盤のフィールドはプレイヤーの行動を促す軽快なBGM、終盤のフィールドは重厚で勇ましいBGMという付け方ができます。このフィールド/ステージの切り替わりでBGMも明確に切り替わるメリハリが無意識のうちに記憶を整理させて印象を強めているとも考えられます。

ところが継ぎ目のない広大なフィールドが売りのオープンワールド型ゲームでは、極端な話ゲームを始めていきなりラスボス戦に向かうことも不可能ではなかったりします。例えば同じフィールドが序盤に通る道でもあり、またラスボス戦への道にもなるという事態が出てきます。そうなるとBGMを減らすか、どっちつかずの曖昧な雰囲気のBGMにするという消極的な選択肢が浮上します。同時にBGMの切り替わりも曖昧になるので記憶を区切り整理する脳活動も妨げられて、どこも同じような印象に感じられる問題を引き起こします。

『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』のオリジナルサウンドトラック
CD5枚組・収録数211曲を誇る『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』のオリジナルサウンドトラック

改めて『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の例を考えてみます。サウンドトラックはCD5枚組(!)とビックリする量で、声優による声の吹き込みも付いて歴代ゼルダシリーズと比べて増加したムービー/カットシーン専用の曲もかなりの部分を占めています。フィールドBGMとは対照的にこちらは印象的な音楽が多く、シドと協力して戦う「神獣ヴァ・ルッタ戦」や「シーカータワー」起動BGMは個人的にも思い出深いお気に入りの曲です。

カットシーン以外の曲目を見てみます。スポットBGMの曲数は歴代ゼルダと比べて遜色ないようにも見えますが、この広大なフィールドに対してはどうしてもプレイ時間中に占めるスポットBGMの割合が低下します。そして通常フィールド曲が広大な場所で汎用されるため、従来なら専用曲が流れていたであろうハイラル平原、ハイリア湖、フィローネ樹海、ゲルドキャニオンといった平原、湖、樹海、渓谷まですべて同じ環境BGM「フィールド(昼/夜)」の割り当てとなっています。

汎用の環境BGM フィールド(昼), フィールド(夜), フィールド(極寒), フィールド(灼熱), フィールド(酷暑)
固有の環境BGM 時の神殿跡, 飛行訓練場, 北の廃坑, カラカラバザール, 迷いの森, …など
汎用の祠まわりBGM 廃墟, 洞窟, 高地, 溶岩地帯, 荒地, 水辺
スポットBGM 馬宿, 大妖精の泉, カカリコ村, ハテノ村, ゾーラの里, リトの村, ゴロンシティ, ゲルドの街, コログの森, …など
『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の主要な環境BGMとスポットBGM

環境BGMの中にも「カラカラバザール」のように固有の場所で流れるタイプや、環境↔スポットの中間的なタイプで少し安心感のある祠周辺BGMもあり開発の苦労が伺えますが、他のフィールドBGMと同じアンビエントな音楽であるために曲がガラッと切り替わる=特別な場所を訪れた感覚の表現が難しいのが実情です。

この「ストーリー進行に自由度をもたせるため印象の強いBGMを減らす」ことと「印象の強いBGMを減らすといつも同じような雰囲気」というジレンマに、任天堂の世界的人気を誇る主力タイトル「ゼルダシリーズ」をもってしても完璧な答えが出ないという現状が問題の根深さを物語っています。もっともオープンワールド型のゲームが昨今のゲームエンジンを始めとした技術の発展によって出てきたように、オープンワールド型に適応したBGMの技術もこれから発展していくのではないかと思います。


BGMを減らす・無くすとどうなる?

この『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』の開発者インタビューでもたびたび言及されていたのが、BGMを減らす・無くすことによる弊害です。グラフィックが進化して環境音・効果音も増え、現実世界のようにリアルになればBGMも無い方がリアルなのでは?という考えを抱きがちですが、ブレワイの開発スタッフがまさにこの問題に直面していました。

  • 「フィールドで曲は鳴らさない」という若井の当初の構想もあって、こんなにストイックなサバイバルゲームは自分にはツラいとも思ってしまって(笑)。(中略)(片岡)
  • それこそ最初はフィールドだけでなく街のBGMもないという話でしたので。(岩田)
  • その後、街でもBGMもを流すようにしたけれど、それでも岩田が「ツラいです」って言いだして(笑)。(若井)
ゼルダのアタリマエを見直すサウンドとは? [Nintendo 2017]

サウンド担当者が口を揃えて言うのは「ストイック」「サバイバルのよう」「ツラい」という言葉で、エンターテイメントであるはずのゲームが修行になってしまっていたことが伺えます。もちろんカラオケで盛り上がるような賑やかなボーカル曲がゲームBGMになれば意識が音楽ばかりに向き、ゲームプレイが二の次になるので一般には避けられます。ではBGMを減らせばゲームに没入できるかと言えばそうでもなく、緊張感をもたらすので次第に集中力が切れてしまいます。

振り返れば、音を無くすと急に不気味に感じたり緊張を感じさせる問題は、映画音楽でもサイレント〜トーキー時代に経験したことでした。BGMは単にグラフィックや環境音の不足を補い説明するために存在したのではなく、プレイヤーが安心して集中・没入できる環境を作り、またゲーム体験を色鮮やかに記憶してもらう演出の手段でもあったのです。


「映像の情報量が増えたので音楽を減らすべき」は本当?

ファミコン時代のゲームと比べてグラフィックが進化した今、あたかも実写映像のようなゲーム作品が作られるようになりました。これだけリアルになったのだから「映像の情報量や環境音/効果音が増えた代わりに、音楽の情報量を減らす(=控えめにする)べき」(?)という仮説が思い浮かびます。実際にスマッシュブラザーズやカービィシリーズの開発で有名な桜井政博さんもこう説明しています。

確かにこの話で正しく説明できる場面もありますが、よく考えると間違っているどころか真逆で「映像も音楽も両方とも情報量が多い(またはその逆で両方とも少ない)」という場面もよく出てきます。分かりやすい例を考えてみます。

環境音楽としてのゲーム音楽 【サウンド】
桜井政博のゲーム作るには | YouTube
映像側の情報量音楽の情報量
スプラトゥーン(シューティング)多い
(映像は激しく動く・効果音も溢れ返っている)
多い
(バトルを盛り上げる激しめの音楽)
ミステリー・推理モノ少ない
(映像に激しい動きはない・情報の提示は最小限)
少ない
(思考を邪魔しない静かで中立的な雰囲気の音楽)
BotW(フィールド)中くらい
(平均して密度は低め・ただし多様な環境音が聞こえる)
少ない
(密度が低くランダム性のある音楽)
BotW(ボス戦)多い
(映像は激しく動く・効果音も頻繁に鳴る)
中~多い
(恐怖感を煽ったりプレイヤーを鼓舞する激しめの音楽)

まず分かりやすいのは任天堂のシューティングゲーム『スプラトゥーン』シリーズです。アクロバティックにインクを塗っていくこのゲームでは映像は激しく動き、自プレイヤーの音だけでなく敵と味方も含めてたくさんの効果音に溢れ返っています。しかし効果音が多いからBGMを静かに…とはならず、その真逆でバトルを盛り上げる熱い音楽が流れます。よく似た例としては、先ほどのブレワイで言えばボス戦も映像と音楽の両方の情報量が多くなっています。

逆に「映像の情報量が少ないのに、音楽の情報量も少ない」例としてはミステリーや推理モノが当てはまります。映像が派手に動くわけでもなく、「推理させるため意図的に」視聴者に与えられる情報量が少なく抑えられています。それなら代わりに音楽を派手に…なんてことをしたら、視聴者はうるさくて推理に集中できないと怒ってしまいます。

結局のところ「情報量が◯◯なら音楽は△△すべき」という単純明快な法則などなく、何を目的として演出するか1作品ごとに丁寧に考えていくのが重要です。そもそもこの話には前提条件がバッサリ切り落とされている問題があり、

  • 作品のジャンル(アクション・ミステリー・コメディー・ドキュメンタリー…etc)
  • 作品の媒体と視聴環境(映画・TVドラマ/アニメ・アーケードゲーム・家庭用ゲーム…etc)
  • 国や地域ごとの文化(ハリウッド映画・ボリウッド/インド映画…etc)
  • 作風や表現技法(写実的でリアル志向・アニメ的なデフォルメ志向…etc)
  • 1つの作品の中でもどのシーンか(日常・シリアス・クライマックス…etc)
  • 作家や監督の意図(音楽/効果音1つずつ異なる優先順位・ストーリー上での意味付け…etc)

という所でも千差万別に変わってきます。

もう1つ見落としている重要なポイントは、音楽の情報量には無限のグラデーションがあるはずなのに、派手か目立たないかの2択問題にしてしまう誤謬を犯している点です。もっと言えば1本の軸の数直線で計れるとは限らず、「セリフや効果音を邪魔しない」と「音楽として目立たせる」を両立させるのも不可能ではありません。セリフや効果音を邪魔しない作曲法については後ほど§4-2で詳しく取り上げます。

4. 映像と音楽のバランス

4-1. 立体音響技術が生んだ新しい映画音楽の流行

こうしたアンビエント(環境)音楽に近い発想は映画音楽において存在感を増して来ていました。もともと映画では明暗のハッキリしない複雑で微妙な状況や心情を表現する機会が多く、オーケストラ楽器の音色や特殊奏法の組み合わせで雰囲気を表現するテクスチャー (Texture) というアイデアが多用されてきました。

Is It Poison, Nanny? - ハンス・ジマー | Apple Music

2000年代以降ドルビー社による立体音響技術が本格的に普及するようになると作曲家ハンス・ジマー (Hans Zimmer) がこの技術に目をつけて、新しく普及した音響技術をフル活用するための効果音的な音や音響効果を駆使した映画音楽を流行させました [弓山 2021]。

他にも短い音のパターンを反復・変化させるミニマル・ミュージックや、近年流行のエレクトロニック・ミュージックのスタイルも映画音楽に取り入れられるようになり、コンピューター上でオーディオループ(短い音楽パターンの素材)を繰り返しながら、映像に合わせて音楽を少しずつ展開させるタイプのBGMも増えました。

こうした流行の一方で、作曲家ジョン・ウィリアムズ (John Williams) による映画『スター・ウォーズ』の音楽に代表されるメロディー重視の印象的なBGMはやや下火になっているようです。

近年サウンドトラックの売り上げが思わしくなかったり、そもそも発売されないケースが増えた要因の一部として、作曲家の田中公平はサントラ収録曲の大部分が最近流行りのスタイルの音響系ループBGMや環境BGMになってしまい、印象に残る曲の割合が一段と減る傾向を指摘しています。もちろん音響系のループを駆使したミニマルBGMやアンビエント/環境BGMにも独自の魅力があり、同時に演出のために必要不可欠な存在でもあります。[田中 2013]

もし今、映画のサントラを買ったらその中身は、タイアップの歌の曲と『ループ』と『アンビエント』に埋め尽くされた魅力的なメロディーのほとんどないインストの曲の嵐になってしまう(中略)

もちろん『ループ』や『アンビエント』の必要性は意識していますけど、もの凄く物理的に手間がかかり、また制作費も膨大なオーケストラの曲も絶対にやり続けて行きたいのです。その中で、どれだけ魅力的なメロディーを持つ『インストのBGM』を書く事が出来るか?を最重視しているのです。

[田中 2013]
スター・ウォーズのテーマ - ジョン・ウィリアムズ & ロンドン交響楽団 | Apple Music

もっともハリウッド映画においてもジョン・ウィリアムズという、ハンス・ジマーと相異なるスタイルの作曲家がいるように映画音楽のスタイルも一枚岩ではなく、今は新しく普及した立体音響技術や流行を試してみようとする動きが目立っている部分も大きいようです。こうした最新のスタイルも演出の観点ではメリットばかりではなく、漫然と流行を取り入れるのではなく適材適所で使い分けを考えていくことが今後求められそうです。


4-2. 良いBGMとは? スタイナーに学ぶ映像音楽の作曲法

ハリウッド黄金期に活躍して現代の映画音楽の礎を築いたマックス・スタイナーですが、映画はコンサートのような音楽を披露する場とは違うので、あくまで映像のために音楽があるべきだと考えていました。しかし一方でこうした意見はよく誤解されていたようです。

「映像のための音楽」という言葉が独り歩きして誤解され「映像の邪魔にならないように、鳴っていると気付かれないような音楽がいい」と言われることに対して、スタイナーは「鳴っていることに気付かない音楽が一体何の役に立つのか?(それでは意味がない)」と返していました。コンサート用に作曲された聴くための音楽とは違うが、心で何かを感じられる音楽でなければならないというのが彼の考えでした。

My theory is that the music should be felt rather than heard. They always used to say that a good score was one you didn’t notice, and I always asked, ‘What good is it if you don’t notice it?’

【訳】(映画)音楽は聴くというより感じるものであるべきというのが私のセオリーだ。彼らはよく「(鳴っていると)気付かない音楽が良い映画音楽だ」というが、私はいつもこう尋ねた。「気付かないのなら一体それが何の役に立つのか?(それでは意味がない)」

Max Steiner interviews [Thomas 1996]

マックス・スタイナーはライトモチーフと共にメロディーを積極的に活用しました。ただし特に意識を向けてもらいたい重要なセリフや効果音については聞き取りやすくなるよう、例えば低い声の男性のセリフにはバイオリンの高い音を…というように同じ周波数帯域の音が被らないよう注意して作曲していました [Wegele 2014]。これはヒトの聴覚におけるマスキング効果 (Masking effect) を考慮したものです。

音楽に必要以上の注意を引きつける要素にはメロディーだけではなくリズムやハーモニーもあります。重要なセリフや効果音を前面に押し出して聞かせたいシーンでは、メロディーの派手な動きや音の多さを避ける方法だけでなく、速いテンポやシンコペーションなどの特徴的なリズム、和声や対位法による重厚な装飾を避ける選択肢もあります [Davis 2010]。

高さの異なる5種類の音で比較したマスキング効果の周波数帯域別の影響
高さの異なる5種類の音で比較したマスキング効果の周波数帯域別の影響 [Tobias 1977]
高い音(青線)は低い周波数帯に影響しない一方で低い音は高い周波数帯にも影響する

マスキング効果にはいくつかパターンがあり、似た高さ(周波数帯域)の音の混同、大きい音が小さい音を隠すことは日常的にも実感がありますが、ほかに突発的な音が直前や特に直後の音を隠す、低音が高音を隠す(高音は低音をさほど遮らない)パターンもあります。

ドラムや打楽器の短い突発的な音で効果音が隠れるケースがある一方、メロディーの長い音は意外と影響しません。また中~高音域にあるメロディーはそれより低い音にあまり影響せず、逆にベースやハーモニーの低音パート、バスドラムや大太鼓などはそれより高いあらゆる音に影響を与えるので音量に注意が必要です。

ヒトの脳には多少の聞こえない部分を自動的に補って、うまく会話や音声を聞き取れるようにするカクテルパーティー効果 (Cocktail party effect) といったものもあります。

無料音楽素材や生成AIが登場する中で「邪魔しないよう影の薄い目立たない音楽を付ける」という後ろ向きな発想で変わり映えのない作品になってしまうよりも、作品のストーリーや心情の描写に深みを加える演出の1手段として積極的に音楽を活用していく姿勢が今後ますます必要になって来そうです。

映画音楽・アニメ劇伴・ゲーム音楽におけるBGMの演出効果に関してはこちら:
劇伴・ゲーム音楽の種類と役割について
映画・アニメ・ゲームにおけるBGMの種類と役割や演出効果 ―伊福部昭による4分類―
映像の中の世界で実際に音楽が流れていない場合でも、様々な効果を狙ってBGMを付けることが一般に行われています。伊福部昭は映画音楽の効用によって「時空間の設定」「感情背景の表現」「シークエンスの確立」「フォトジェニー」の4つの分類を提唱しまし…

アンビエント/環境BGMには他の環境音や効果音、セリフを邪魔しないという便利な側面や、明暗のはっきりしない曖昧で複雑な雰囲気を表現できるという特徴があります。一方で音の変化が少ないため印象に残りづらくどの場面も似たような雰囲気になってしまったり、視聴者に緊張感をもたらすので集中力が続きづらいデメリットもあります。場面に応じて必要なタイプの音楽を使い分けることでBGMの面でもメリハリをつけることが重要です。

参考文献

  • [Kalinak 2001] Kathryn Kalinak (2001): Settling the Score: Music and the Classical Hollywood Film. Madison, University of Wisconsin Press: p.41.
  • [Chion 1985] Michel Chion (1985): Le son au cinéma. Paris: Editions de l’Etoile. 川竹 英克, Josiane PINON 訳 (1993): 『映画にとって音とはなにか』. 勁草書房.
  • [MacDonald 1998] Laurence E. MacDonald (1998): The Invisible Art of Film Music: A Comprehensive History. Scarecrow Press: pp.24-25.
  • [Eno 1978] Brian Eno (1978): liner notes of Ambient 1: Music for Airports.
  • [高野 2016.2] 高野 裕也 (2016): “アニメーションの劇伴にはどんな特徴がある? 『犬夜叉』など国内外の作品をもとに解説”, Real Sound. (https://realsound.jp/2016/02/post-6194.html)
  • [高野 2016.6] 高野 裕也 (2016): “新海誠作品の劇伴は「環境音による補佐」がポイント? 『言の葉の庭』から読み解く, Real Sound. (https://realsound.jp/2016/06/post-8046.html)
  • [岩泉 2017] 岩泉 茂 (2017): “【CEDEC2017】「ゼルダの伝説」で、自由度の高い「オープンエアー」の表現を支えるサウンド”, GAME Watch. (https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1078827.html)
  • [Nintendo 2017] Nintendo (2017):『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド オリジナルサウンドトラック』付属ブックレット.
  • [Sridharan+ 2007] Devarajan Sridharan, Daniel J. Levitin, Chris H. Chafe, Jonathan Berger, Vinod Menon (2007): “Neural Dynamics of Event Segmentation in Music: Converging Evidence for Dissociable Ventral and Dorsal Networks”, Neuron – Cell Press. (https://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273%2807%2900500-4)
  • [弓山 2021] 弓山なおみ (2021): “映画音楽の制作を紐解く。ハリウッドと日本の2拠点で活躍する作曲家・戸田信子さんにインタビュー”, Webマガジン「ONTOMO」(https://ameblo.jp/kenokun/entry-11463344790.html)
  • [田中 2013] 田中公平 (2013): “BGMは変わってしまった”, 田中公平のブログ My Quest for Beauty. (https://ameblo.jp/kenokun/entry-11463344790.html)
  • [Thomas 1996] Tony Thomas (1996): “Max Steiner: Vienna, London, New York, and Finally Hollywood”, The Max Steiner Collection. (http://files.lib.byu.edu/ead/XML/MSS1547.xml)
  • [Wegele 2014] Peter Wegele (2014): Max Steiner: Composing, Casablanca, and the Golden Age of Film Music. Rowman & Littlefield Publishers: pp.38-39.
  • [Davis 2010] Richard Davis (2010): Complete Guide to Film Scoring. Berklee Press: pp.145-146.
  • [Tobias 1977] Jerry V. Tobias (1977): “Low-frequency masking patterns”, The Journal of the Acoustical Society of America, vol. 61(2), pp. 571–575.